::お知らせ:: [ 画師略伝 ] を開設しました

生き人形のととさま

この怪異譚を友達とシェア

どこまでお話しましたか。
そうそう、若い旅の僧が一夜の宿を借りた民家で、不思議な生き人形を貰い受けるところまでで――。

翌朝、僧は件の生き人形を、風呂敷に包んで民家を出た。

「世の中には、確かに奇怪なことがあるものだ」

まだ修行の至らぬ若い僧でございます。
霊異に素直に感じ入り、己の見識の狭さを恥じ入っている。

やがて、半里ばかりやってまいりますト。
風呂敷包みの中から、甲高い声が聞こえてきた。

「ととさま、ととさま」

例の生き人形が、小鳥のさえずるような声で呼んでいる。

僧はびっくりいたしましたが。
思わず「どうした」と答えますト。

「向こうから旅の男がやってきます」

人形が声を潜めて言いました。

前を見やるト、確かに旅姿の男がこちらへ歩いてくる様子。

「きっと、つまづいて怪我をしますから、駆けつけて薬をおやりなさい。お礼に金子一分をくれるでしょう」

半信半疑で見守りますト。
果たして、旅の男は小石に躓いて転倒した。
鼻から血を流して呻いている。

僧は慌てて駆け寄りまして。
介抱しつつ、薬を塗ってやりますト。
男は大げさなくらいに礼を言い。
僧の手に無理やり金を握らせた。

手を開いてみると、果たしてこれが金一分。

「なるほど。言うとおりだ」

感心する間もなく、今度は向こうから馬に乗った男がやってくる。

「ととさま、ととさま」

再び、人形が呼びかけます。

「あの旅の男は、きっと馬から落ちるでしょう。薬をやれば、今度は金子三分――」

ト、言い終わりもせぬうちに。
馬上の男は落馬した。

僧は慌てて駆け寄りまして。
介抱しつつ、薬を塗ってやりますト。
男は大げさなくらいに礼を言い。
僧の手に無理やり金を握らせた。

スポンサーリンク

手を開いてみると、果たしてこれが金三分。

事ここに至り、ようやく僧も不気味に思いまして。
風呂敷包みから人形の首根っこを、指二本でつまみ上げますト。
顔から目をそらしたまま、草むらに投げて捨てました。

人だろうと人形だろうと、決して粗末にしてはなりません。

人形はむくむくと立ち上がり。
飛ぶが如くに追いかけてくる。

捨てても、捨てても、捨てても、捨てても――。

何度でも舞い戻り、素早く懐に入り込む。

「もはや私はととさまの子。決して離れはいたしませぬ」

僧は弱りきってしまいまして。
懐に人形の娘を抱いたまま。
重い足取りで旅を続けました。

いつしか、安らかな眠りにつく生き人形。
くぅくぅト寝息まで聞こえてくる。

僧は旅籠に宿を取りまして。
人目をはばかるように、床につきましたが。

やはり、どうしても眠られません。

夜中にガバッと起き上がりますト。
宿の主人を尋ねまして。
かくかくしかじかト、相談をした。

「では、こうなさいませ。この先に川がございます。濡れると良くないからと、人形を御坊の笠にお載せなさい。そうして川を渡り、頃合いを見計らって笠ごと川へ流してしまうのです」

翌日、僧は言われたとおりに川へ出まして。
娘を笠に載せ、川を渡る。
やがて水かさが腰辺りまで来たのを見計らい。
笠をそっと脱ぎ、川面に浮かべて流れに任す。

娘は謀られたト気づいたものの。
水に囲まれていては、どうしようもない。

「ととさま、ととさま、ととさま、ととさま――」

ト、いつまでも哀しそうに叫びながら。
空しく川下へ流されて、やがて見えなくなったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(「新説百物語」巻之四第十一『人形いきてはたらきし事』ヨリ)

スポンサーリンク

この怪異譚を友達とシェア

新着情報のフォローはこちらから