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生きながら鬼になりし者

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どこまでお話しましたか。
そうそう、天涯孤独の身でありながら憎まれ者の小太郎が、孝行者で知られる巳之助の後を密かにつけていくところまでで――。

巳之助は評判の孝行息子で知られるだけありまして。
それはそれは、真面目にこつこつ働きます。
誰が見張っているわけでもないのに、休むことを知りません。
たちまちのうちに背負子に山ほどの薪が積み上がった。

汗だくになった巳之助は、そこでようやく手を休めまして。
斧を木の根元に立てかけて山を降りていく。
後をつけていくと、そこに谷川が流れておりました。

喉が渇いたのでございましょう。
巳之助はかがみ込んで川面に顔を近づける。
ト、何かに気づいた様子で、ハッとして水中を熱心に覗きだした。

(他人の斧でも見つけたかな)

小太郎が物陰からじっと見守っておりますト。
巳之助は水中に手をざぶっと突っ込みまして。
しばらく何やらごそごそしておりましたが。
やがて、なにか黒い塊を取り出して、しげしげ見つめた後に懐へ入れた。

そうして上気した顔つきであたりを見回しますト。
そっとその場を後にしていきました。

(何だ、あいつめ。コソコソと泥棒みたいな顔で様子をうかがっていたが――)

巳之助が立ち去ってしまいますト。
小太郎は巳之助が懐に入れたものが気になって仕方ない。
己もそっと谷川に近づいていきまして。
水中を覗き込んでみて、あッと驚いた。

まるで黒い牛のような化け物が。
水中で鷹揚に横たわっている。

(いや、違う。漆だ――)

よくよく見て、小太郎はようやく気が付いた。
川辺に生えた木から漆の樹液が流れ出している。
それがそのまま川に流れ込んで、水底で固まっているのでございます。

(これを金に換えたらとんでもないことになるぞ)

小太郎は途端に欲に目がくらむ。
手を差し入れて漆の塊を剥がし取ろうといたしますが、これがなかなか容易でない。

(巳之助のやつ、ああ見えて力がありやがる)

小太郎はようようのことで、漆の塊を二、三、剥ぎ取りまして。
これを懐にしまって、貧乏所帯へ戻っていく。

村はさぞかし騒ぎになっているかと思っておりましたが。
存外、漆のことは話題になってもいない様子でございます。

(巳之助め、独り占めする魂胆だな)

翌朝早く、小太郎は家を出る。
巳之助の家の裏手で潜んでいるト。
果たして、巳之助が何食わぬ顔をして出てきました。
その姿はすっかり旅支度でございます。

小太郎は巳之助の後をつけていく。
巳之助は山をいくつも越えて、京の町へ入っていきました。
年の暮れとて、あちらこちらで市が立っている。
懐から黒い塊を出した巳之助が、替わりに小判をどっしり受け取っている。

巳之助が立ち去った後で。
小太郎も漆を大金に換えましたが。
もはや金のことなどどうでもいい。

ああして作った金を持って。
巳之助がまた親孝行をするのかト思うト。
居ても立ってもいられません。

臍を噛む思いで雑踏の中に立ち尽くしておりますト。
気の早い獅子舞が、買い物客を楽しませているのが目に入った。

「なるほど。あれだ」

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小太郎は手にしたばかりの大金で。
獅子舞の赤熊(しゃぐま)を買い求める。
兜などにもつける例の赤い毛ですナ。

それから、さっき目にした馬具屋へ戻っていきまして。
竜頭を象った、黒塗りのいかめしい馬面(ばめん)を買い入れました。

翌日。

小太郎は風呂敷に赤熊と馬面を包みまして。
喜々として山へ出かけていく。
斧は持っても行きません。

件の漆が固まっている谷川へやってまいりますト。
何を思ったか、竜頭のいかめしい面を己の顔につけ。
頭から赤熊をかぶり始めた。

角の生えた黒塗りの面に、蓬のように乱れた赤い縮れ毛――。

ここにすっかり一体の鬼が出来上がりました。

そうとは知らない巳之助は。
今日も秘密の漆を採りにやってくる。
周囲に誰も見ていないのを確かめまして。
水の底を覗き込んで驚いた。

黒い顔をして赤毛を伸ばした一体の鬼が。
水底からこちらをじっとみつめている。

巳之助は取る物も取り敢えずして。
一目散に駆け出していきました。

(ざまをみろ。ざまをみろ――)

小太郎は水中でひとり、不気味な勝鬨を上げまして。
さて、そろそろ息が持たなくなってきた頃ですので。
ゆっくりト身を起こして水面へ顔を出そうといたしましたが。

豈図らんやトハまさにこのこと。
頭がびくとも動きません。

(まさか――)

ト、思ったそのまさかでございます。

小太郎の顔につけた馬面が、岩間に挟まって動けない。

(まさか――。まさか――)

巳之助の怯えきったあの顔が、今となっては愛おしい。
隔靴掻痒の思いで、面の上から顔を、喉を掻きむしる。
乱暴にもがいた両の手足が、やがて動かなくなりました。

鬼の姿で川底に横たわったまま、若者は鬼籍に入ったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(「諸国百物語」巻五の十三『丹波の国さいき村に生きながら鬼になりし人の事』ヨリ)

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