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江ノ島 稚児ヶ淵の由来

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こんな話がございます。

江ノ島は四周を断崖絶壁に囲まれた、険峻な島でございます。
打ち寄せる荒波に、今も脆い岩肌が激しく削られている。
波打ち際には、そうして掘られた岩屋がいくつもございまして。
そのため、古くからこの島は仏道者により、格好の修行の地とされてまいりました。

殊に、文覚上人が源頼朝公の命によりまして。
弁財天をこの島に勧請して以来。
お武家様から我々下々の者に至るまで、
篤い信仰を集めてきた地でございます。

こんな話がございます。 源頼朝公の腹心に、文覚(もんがく)という僧侶がございました。 俗名を遠藤盛遠(もりとお)と申しまして。 摂津源氏の...

さて、この江ノ島の南端に。
稚児ヶ淵と呼ばれる場所がございますが。
この淵がどうして稚児の名で呼ばれるのか。
これからその由来をお話したいと存じます。

臨済宗の大本山として知られる鎌倉の建長寺に。
自休ト申す僧がございました。
もとは奥州、信夫(しのぶ)の里の人でございます。

自休は高徳の僧として、すでに高い評判を得ておりましたが。
あくまでも謙虚な人物でございまして。
いにしえの高僧たちが修行したという江ノ島へ。
百日詣にまいったのでございます。

自休が弁財天を参詣して、島を離れようとしていたその時。
断崖の突端に、ひとりの翁の脇に立つ小さき人影が見えました。

見るト、どこかの寺の稚児のようでございます。
小さき人は、まばゆい夕陽から目をそらすようにして。
小さな顔をこちらに一瞬、転じました。

たった、その一刹那でございました。
自休は、我が身に稲妻が走ったような思いに駆られたのでございます。

そのしなやかな眉。
透き通った瞳。
茜さす白い頬。
紅色にしっとり濡れた小さな唇――。

これほどまでに美しく。
これほどまでに愛らしい面影に。
己はかつて出会ったことがあったろうか。

長い年月を経て築かれたはずの。
徳という不確かで脆い岩肌が。
湧き上がる恋慕の波に打ち寄せられて。
激しく削られていくようでございました。

「もし――。どちらのお稚児さんでございましょうかな」

突然、声を掛けられて、稚児が驚いたように振り返りました。
ともにいた翁が、訝しそうに自休を見た。

「これは鶴岡八幡宮の僧坊、相承院にて学問をなされておられる、白菊様とおっしゃるお方にございます」




稚児を制するようにして、翁が代わって答えました。

「左様でございますか。拙僧は建長寺広徳庵に住まいする、自休と申す者でございます。どうかお見知りおきを」

ト一礼して、ふと頭をあげますト。
その先に待っておりましたのは。
稚児の怯えたような、冷たい視線でございましたが。

恋は盲目トハよく言ったものでございます。
その震えるような眼差しも。
自休にはどこか奥ゆかしく見えました。

「それでは、これにて」

翁は白菊の手を引いて、そそくさと立ち去っていきました。
自休は稚児の後ろ姿を、いつまでも見送っておりましたが。
稚児がこちらを振り返ることは、最後まで決してございませんでした。

自休はすっかり気が動転してしまいまして。
地に足つかぬ体で己の庵へ戻ってくる。
鉄壁の守りをあっけなく打ち砕いた白面の稚児の面影が。
その日以来、寝ても覚めてもまぶたを離れようといたしません。

心は熱炎に飲み込まれたが如くにして。
どす黒い煙のようなため息がついこぼれます。
眠ろうとまなこを閉じれば、そこに白菊の姿。
修行に打ち込もうと座禅を組めば、膝のあたりに白菊のぬくもり。

白菊の清楚な微笑みが、二重にも三重にも取り巻いて。
四六時中、自休を苦しめるのでございました。

――己は一体、どうしたことか。
なんと惨めな老醜だろうか。
あのお稚児さんにしてもさぞかし迷惑であろうに――

ふと、立ち止まると。
我と我が身を責め苛む気持ちが。
湧き上がってはまいりますが。

そんな己への嫌悪ごときで、煩悩は抑えられるものではございません。

――我に残された道はただ一つ。
かくなる上は愛欲の炎そのものとなり。
白面の稚児、白菊なる荒波に立ち向かうのみ――

――チョット、一息つきまして。

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