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死神

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どこまでお話しましたか。
そうそう、死神から呪文を教わった男が、医者となって大儲けをするところまでで――。

妾が「上方見物に行きたい」ナゾと言い出したものですから。
男は邸宅を売りに出し、贅沢三昧の旅に出る。

ところが金というのは当然ながら。
使えば無くなるのが道理でございます。
金の切れ目が縁の切れ目で、女も自然と姿を消した。
男はひとりで江戸へ帰ってくる。

「なに、俺がこうして一戸を構えたら、門前市をなすだろうさ」

ト、待ち構えておりますが、一向に声がかかりません。
たまに呼ばれて行っても、死神がいつも枕元にでんと座っている。
これではお礼ももらえない。

弱りきっていたある時のこと。
麹町三丁目、伊勢屋伝右衛門方から使いが来る。
名代の大店でございます。

男は喜び勇んでついていく。
ト、相変わらず枕元に死神が陣取っております。

「何だよ。これじゃあ、飯の食い上げだ」
「どうしましたか。治りますか」
「あ、イヤ。――残念ですが、諦めなさい。寿命ですよ」
「そこを先生の腕で何とか。五千両までは出しますから。いや、たとえひと月、二月でも、寿命を延ばしていただければ、一万両をお出しします」

言われて、男は金に目が眩む。
と言って、死神に枕元に居座られていては、手の施しようがございません。

「そうだ。私に考えがある。チョット耳を貸しなさい」

男は、家人を呼び寄せて耳打ちする。
店の者が四人呼ばれて、病人の布団の四隅に座ります。

「ええい、こうなったら根比べだ」

男は四人の者と病人の傍らでじっと様子を見守っている。
やがて、夜が更けるに従って、死神も疲れたのかうつらうつらとし始めた。

「今だッ」

ト、男が突然声を上げる。
指示を受けて、四人の男が布団の四隅を持ち上げまして。
そのままクルッと回りますト。
枕元と足元が正反対に入れ替わった。

死神が病人の足元で、目をパチクリさせている。

「アジャラカモクレン トンデンヘイ テケレツノパア」

パンパンと手をふたつ叩くト、慌てた顔のまま死神がすうーッ。

「ありがとうございます。さすが名医と評判の先生でございます。お礼はさっそくお宅の方へ届けさせていただきます」

全快した病人とその家人から、さんざんもてなしを受けまして。
男はくわえ楊枝で伊勢屋を後にする。
ト、その背後から呼びかける不穏な声。

「おい、待ちなよ」

振り返るト。
そこに立っていたのは。
最初に出会った死神で。

「まさかお前、俺を忘れたわけじゃあんめえな」
「お、オヤ。これはお久しぶりで」
「何がお久しぶりだ。お前、どうしてあんな馬鹿な真似をした」
「これはどうもどうも。おかげで稼がせてもらいました。――イヤ、申し訳ない」
「まあ、いい。俺の後についてきな」

男は後ろめたさもあり、死神に凄まれたこともあり。
大人しく後についていきましたが。
死神は見も知らぬ場所へ男を連れて行く。
見るト、石段が地面の下へと続いています。

「何をしている。ついてこい」
「イヤだよ。そんな気味の悪いところへ」
「いいから、俺の杖に掴まってついてこい」

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死神が男を無理やり連れて行く。
ふたりはやがて冷たい洞窟の中へと降り立った。

「何です、これは。蝋燭がやけにたくさん燃えていますが」
「これか。これはみんな人の寿命だよ」
「へえ。人の命は炎のようなんて喩えをよく聞きますがね。長いのや短いのや――オヤ、ここに溶けた蝋が溜まって炎が小さくなっているのがありますが」
「そういうのは患っている。芯を継いで炎がまっすぐ立つようにしてやれば本復する」
「へえ、なるほど。――オヤ、あそこにずいぶん長くて炎が勢い良く燃えているのがありますね」

男が感心してみておりますト。
死神が横からぼそっとつぶやいた。

「それがお前の倅だよ」
「へえ、あいつ長生きするようですな」

男はふと嬉しくなりまして。
飽くこと無くその炎を見つめている。

「その隣にある半分くらいのは」
「それはお前の女房だ」
「ほう、まだしつこく生きると見える」

妙にしみじみとして、男は女房の炎を見つめました。

ト、女房の蝋燭のその隣に。
蝋が溶け切って芯だけがわずかに残り。
今にも消えそうな炎がある。

「待てよ」
「なんだ」
「すると――」
「ああ」
「この今にも消えかかっているのは」
「――お前だよ」

男は途端に慌てふためきまして。
死神に必死で食って掛かる。

「待ってくれよ。今にも消えそうじゃねえか」
「消えたら――その途端に命が終わるまでだ」
「待て。死ぬのか。どうにかしてくれよ。俺は死にたかねえ」

すがる男に、死神は呆れた表情をいたしまして。

「そこに、燃え残りの蝋燭がある。好きに使え。繋げばその分、命は延びる」

男は大慌てで短い蝋燭を拾い上げ。
己の炎を移し替えようといたしますが。

「どうした。手が震えるか」
「う、うるせえ」
「早くしないと、火が消えるよ」
「分かってるよ」

ポターリポターリと冷や汗が垂れる。
死神の声が耳元で繰り返される。

「震えると、消えるよ
早くしないと、消えるよ
震えると、消えるよ
早くしないと、消えるよ
早くしないと、消えるよ

消えるよ

消えるよ


ほら、消えた」

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(三遊亭圓朝作ノ落語「死神」ヨリ。グリム童話「死神の名付け親」或イハ、イタリアオペラ「クリスピーノと死神」ノ翻案ト云フ)