水を飲んだ女

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こんな話がございます。
唐の国のお話でございます。

孟母三遷トいう言葉がございますが。
これは孟子の母が息子の正しい修養のために。
三度までも引っ越しをしたというお話でございまして。

一度目は、墓地の近くに住まいましたが。
息子が葬式の真似をして遊ぶようになった。
二度目に、市場の近くに住まったところ。
商売人の真似をして遊ぶようになった。
三度目に、学問所の近くに住まいいたしますト。
礼儀作法の真似事をするようになったという。

ここに至って、孟子の母はようやく納得したそうでございます。

これに鑑みますに古来、母親ト申すものは。
我が子の――殊に息子のト申して良いでしょうナ――
子の人生を何かと管掌したがるもののようでございます。

ところがあまり口出しが過ぎますト。
後に災禍をもたらさないとも限りません。

唐の貞元年間のこと。
望苑駅の西に王申ト申す者が暮らしておりました。

この者は非常に義に篤い人物でございまして。
路端に木をたくさん植えては木陰を作り。
葭簀ッ張りの小屋を建てては休み処にする。
そうして、道行く人々に水や茶を無償で振る舞っておりました。

この王申には十三になる倅がおりまして。
父を手伝いながら、人々に給仕をしておりました。
この時代のかの国では、そろそろ嫁取りを考える年頃でございます。
ところが、そこに立ちはだかる高い壁がある。

それがとりもなおさず、王申の妻でございました。

王申があちらこちらから仕入れてくる縁談を。
妻がことごとく破談にしてしまう。

この女の頭の中には、理想の嫁トいうものがある。
それは己がこの家へ嫁してきた時。
姑が押し付けてきた理想の姿でもありました。

もっとも、倅はまだまだ子供でございまして。
見も知らぬ娘を無理にあてがわれるよりは。
母親に頼っていたほうが気楽だと考えている。

そんなある夏の昼下がり。
通りの向こうを見ていた倅が。
父にふと申しました。

「父さん。路端でばてている人がいるよ」
「こっちへ来て中に入るように言っておやり」

やがて招かれて小屋の中へ入ってまいりましたのは。
碧い薄衣に白い衣をまとった美しい少女でございます。

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ひとりで長旅を続けてきたのか。
額から大粒の汗を流しておりまして。
顔は熱で上気している。
暑気に当たったように目つきがうつろでございます。

王申は水を飲ませてやる。
倅には扇であおがせる。
そのうちに娘も徐々に気力を取り戻しまして。

「ありがとうございます。おかげで生き返るようでございます」

ト、小さな口でけなげに答えるさまがまた愛らしい。

「こんな酷い日照りの中を、ひとりで一体どこへ行こうというんだい」

娘が落ち着いたのを見て、王申が訝しそうに尋ねました。

「はい。わたくしは、夫に死に別れた者でございます。といって子もございません。これから馬嵬に住む親類を頼っていくところでございます」

こんな年端もゆかぬ少女が、すでに寡婦だと申します。
ところがその身の上とは裏腹に、娘は屈託のない笑みを浮かべている。

王申は娘がいたく気に入りまして。
ふと振り返って妻を見た。

するト、珍しくこれがまんざらでもない様子でございます。
このやり取りをすっかり見ていたのでございましょう。

王申は娘に食事を出してやる。

「今日はもう日も傾き始めたから、このままうちへ泊まってお行き。明日の朝出発しても遅くはないだろう」

娘は飛び跳ねんばかりに喜んでいる。
王申の妻も目を細めて、これを自室へ連れて行きましたが。

これが後の惨劇の幕開けとなろうとは。
この時、誰ひとりとして気づく者などございません。

――チョット、一息つきまして。

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