熊野起請文 烏の祟り

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こんな話がございます。

よく「神に誓って」ナドと申す人がございますが。
その神トハどの神かト考えますに。
大抵の場合、それは熊野三山の祭神、熊野権現でございましょう。

三山の各社では、牛王符(ごおうふ)ト申す御札を配っておりまして。
表にはカラスをあしらった烏文字でもって。
「熊野山宝印」「那智瀧宝印」ト記されてある。

その裏に誓いの文句を書き、血判を押しますト。
これが熊野権現に誓いを立てたものトみなされます。

落とし噺に、「三枚起請」なる噺がございますナ。

「末は夫婦に」ト書いた起請文(きしょうもん)を。
さる遊女が大事な客ト取り交わす。

ところが、町内の顔見知り三人が。
同じ起請文を持っていたので騒動になる。

その時、遊女を問い詰めた男のひとりが切る啖呵に。

「イヤで起請を書く時は、熊野でカラスが三羽死ぬ」

トいうものがございます。

熊野ではカラスは神の使いでございます。
嘘の誓いを立てたり、誓いを破った時には。
権現の使いであるカラスが、三羽死ぬト考えられている。

畏れ多いことでございますナ。
破った当人は、もちろん地獄行きでございますが。

さて、越前国は敦賀の町に。
米問屋の仁兵衛ト申す者がございまして。
その店の手代に、作十郎ト申す者がございました。

幼い頃から長年奉公をしてきたという。
いわゆる、子飼いでございますが。

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そればかりではございません。
あらゆる事に天賦の才を持っておりましたため。
主人の仁兵衛は万事を作十郎に任せてしまう。
店は作十郎の差配で回っているト申して過言ではない。

こうなるト、どうしても増長するのが人情でございます。

店の金が自由になるト。
作十郎は私腹を肥やすようになる。
金銀を蓄え、密かに己の商いをして。
損が出れば、主家の損へと回します。

とは言え、いつまでも悪いことは出来ないもので。

そのうちに、このことが徐々に噂になり。
ついに主人の耳にも届くこととなった。

「作十郎。わしはお前を七つの年から大事に育ててきた。言ってみれば、親も同然。いや、親以上の恩を感じても良いはずだ。今度のことは、お前もきっと若気の至りだろう」

ト、どこか甘いところがある。
奸人はそんなところに付け入るものでございます。

「大変申し訳ございません。旦那様へのご恩返しにと、少しでも商いを学ぼうと欲を出した私の誤りにございます。もう二度とこんなご迷惑はおかけいたしません。熊野の権現様に誓います」

畳に額をこすりつけ、平に誤り入りまして。
主人の前で筆を取りますト。
牛王符を裏返して、サラサラと近いの文句を書き立てた。

ところが、これがまるっきりのそら言でございまして。
作十郎は、「間抜けな主人め」ト、心のなかで舌を出している。

三羽のカラスがバサバサバサと落ちていく音が。
周りの者には聞こえもしましたろうが。
お人好しの主人はもちろんのこと。
作十郎当人にも届かなかったのかもしれません。

畏れ多い起請文に、血判までもが押されました。

――チョット、一息つきまして。

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