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熊野起請文 烏の祟り

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どこまでお話しましたか。
そうそう、主人の信頼厚い手代の作十郎が、保身のために嘘の起請文を書いたところまでで――。

作十郎は相も変わらず。
主人仁兵衛の前ではゴマをすり。
その裏では、私利私欲に精を出す。

もはや、取沙汰する者もおりません。
あのお人好しの主人ではト。
みなただ呆れているばかりで。

悪盛んなるときは天に勝ち、天定まって人に勝つ。
――トハ、申しますが。

やがて、作十郎の身にも遅ればせながら異変が起きた。

「痛い、痛い、痛いッ――」

筍がニョキニョキ生えるがごとく。
膚の下から、黒く大きな瘡が突き破って出る。
痛しも痛し、言うに及ばずでございますが。

やがて体中を不気味な瘡が覆い尽くしますト。
その一つ一つがじりじり火照り。
火に焼かれるがごとく熱を発する。

さしもの悪人も呻き悲しむばかりでございます。

寄ってたかって様々な薬を与えはしましたが。
一向に験しがございません。
作十郎はもはやものも言えずに喘ぐばかりで。
七日目にとうとう息絶えてしまいました。

するト、その屍を埋め尽くした黒い瘡が。
たちまち、酷い臭いを発し始めた。

「なんだ、この臭いはッ。まるでカラスを焚き火に投げ込んだようだッ」

売り物の米に臭いが移っては大変ト。
奉公人一同で慌てて死骸を寺に送る。
さっさと墓場で土葬にいたしまして。
上から卒塔婆を立てて帰りました。

やがて初七日トなりまして。
主人の仁兵衛は、やはりお人好しでございますから。

幼時より手塩にかけし子飼いの奉公人を失いまして。
かわいそうにト涙を流し、坊主を呼んで経を読ませた。

それから、作十郎の眠る寺の墓地へト参りまして。
南無阿弥陀仏ト手を合わせておりますト。




ベキベキッ――。
ベキベキベキッ――。

作十郎の墓に立てた卒塔婆が。
ベキベキと凄い音を立てはじめた。

樅の木の板は、日に照らすとギュッと締められまして。
メキメキと音を立てるものだト申しますから。
仁兵衛も「さもありなん」ト思って見ておりましたが。

「旦那様。それにしても、これは少し酷すぎます。いつまでも鳴り止む気配がございません。オ、オヤオヤ――」

ト、憂うそばからぐらぐらト。
卒塔婆が震え、揺れ倒れる。
塚は崩れて、その中から――。

ワッと弾き出されるように飛び出したのは。
幾日前に死んだばかりの作十郎の死骸。

体がひどく反り返って、手足を浮かせたまま地に倒れ込む。

奉公人は恐れをなして逃げ帰る。
たった一人残った仁兵衛も青ざめておりますが。
このまま捨て置くわけにもまいりませんので。
住持に頼み、火葬にしてもらうことにいたしました。

積み重ねた薪がパチパチ音を立てて燃え始める。
ところが、その火の中から二度も三度も。
当の死骸が弾かれるように飛び出してくる。

「くさいッ。なんて臭いだッ。まるでカラスを火に投げ込んだようだッ」

全身を業火に包まれながら。
反り返っては跳ね、反り返っては跳ね――。

最後はまるで火車のごとく。
己が車輪のように手足が背後で繋がって。
コロコロと坂道を転がりながら、何処かへ去っていったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(平仮名本「因果物語」巻四の六『私をいたしける手代の事』ヨリ)

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