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妻の首をすげ替える

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こんな話がございます。
清国の話でございます。

陵陽県ト申す地に、朱小明という男がございまして。
この者は性質は豪気ながらも、頭が弱い。
おかげで未だ学成らず、長く世に出られずにおりましたが。

ある晩、仲間内で酒盛りをしていたときのことでございます。
一人が朱をからかって、こう申しました。

「お前みたいなのは、学問なんざ出来なくったっていいのだ。豪傑は豪傑らしくしていればいい。そうだな、今から行って十王殿の東廊から判官像を背負って帰ったら、このあとの酒代は全部おごってやろう。どうだ」

十王殿ト申すは、冥界の十王を祀った廟でございまして。
そのうちの一人が、かの閻魔大王でございます。
東廊に立ちはだかっているのは、緑の顔に赤い髭という判官で。
これは閻魔大王の配下ですから、下手をするとバチが当たる。

この土地の十王殿では、昔から夜になりますト。
亡き者を厳しく責め立てる声が、東西の廊下から聞こえてくるという。

ところが、朱は恐れるどころか実に楽しそうに立ち上がり。

「よし、きた」

ト、出ていったかと思うト。
あっという間に戻ってきた。

顔は満面の笑み。
背にはいかめしい判官像。

「お、おい。お前――」

仲間たちはさすがに怯えて後ずさりする。
当の朱は一向に気にしませんで。
ドンと宅の上に判官を置きますト。
酒を捧げて、三拝した。

「酒が飲みたきゃ、いつでも来い。俺の家はこの近くだ。おごってやる」

畏れ多くも判官にそう呼びかけるト。
再び背負って十王殿へ返しに行った。

仲間たちは朱の豪胆さに恐れ入りまして。
翌晩、宴席を設けて朱を歓待してやる。
朱はいい心持ちに酔って家に帰りましたが。
やがて、戸口に忍び寄るように人影が差した。

「朱小明殿のお宅はこちらでございますかな」

暗がりから、見知らぬ男の声が問う。
影が灯りに照らされる。
見れば、緑の顔に赤い髭。
まごうことなき判官でございます。

これには朱も一気に酔いが覚めまして。
足がひとりでにガクガク震えだす。

「さ、昨晩の無礼はお許し下さい。あれは酒の席での戯れで――」

するト、判官はむしろ困惑した顔で。

「いえいえ、そうではございません。昨晩はお招きをいただきまして、まことにありがたく存じます。厚かましいとはお思いでしょうが、せっかくのお招きですので、こうして参上した次第でございます」

ト、妙に慇懃でございます。

朱は半信半疑ながら、ひとまず判官を座らせまして。
家人に酒肴を用意させ、判官と盃を交わしました。




「ところでお名前は何と」

朱がおずおずト切り出しますト。

「姓を陸と申します」

判官がかしこまって答えます。

「あの世でも判官といえば、よほどの高官なんでしょうな」
「ええ、まあ。それは閻魔大王に仕える身でございますので。いや、これは手前味噌でかたじけない」

ト、どこまでも腰が低い。

その後も陸判官はしばしば朱の家を訪れまして。
二人はやがて良き飲み仲間となりましたが。

さて、ある晩のこと。

今宵も今宵とて、二人は楽しく酒を酌み交わしておりましたが。
朱はいつになく酔ってしまい、先に寝室へ入りました。
横になると、すぐにぐっすり眠り込んでしまいました。

ト、夢境に遊んでいたところへ。
なにやら腹がチクチク痛む。
あまりの痛さに目を覚ましますト。
目の前で陸判官が朱の腹をまさぐっている。

血まみれのその手には肉塊が。
驚いた朱が、ハッと視線を己が腹に転じますト。
あろうことか、判官が割いた腹から臓物を引き出している。

「な、何をするんですッ」

ト、叫びはするが身動きが取れない。

「おっと、動いてはいけません」
「一体、何をしているんです」
「あなたの心を取り替えて差し上げているんですよ」

陸判官は慣れた手つきで臓物を引き出しますト。
卓の上にそれをドンと置きまして。
入れ替わりに新しい臓物を納めて、腹を縫い合わせた。

「これがあなたの心です」

施術が終わるト、判官は落ち着いた口調で申します。

「御覧なさい。青黒く染まっているでしょう。これが気の流れを塞いでいたせいで、あなたの頭を鈍らせていたのです。先程、冥界でちょうど頃合いの良いものを見つけてきましたのでね。これは埋め合わせに冥界へ持っていきましょう」

呆気にとられている朱を一人残し。
陸判官は古い臓物を手に帰っていく。
腹には一筋の傷跡が残っているばかり。
朱は狐につままれた思いでおりましたが。

それからというもの、朱の学問の出来はメキメキと向上いたしまして。
長年、辛酸を嘗め続けてきた科挙にもあっさりと及第する。
するト、人間というものはどこまでも欲深いものでございまして。
鈍かった頭がさっそく悪い方へと働き出した。

――チョット、一息つきまして。

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