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瓜売り歩く人と馬

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どこまでお話しましたか。
そうそう、石別がこき使ってきた牝馬が実は亡き母の生まれ変わりであると、通りすがりの僧侶によって明かされたところまでで――。

神妙に話を聞いていた石別は、僧侶と馬を鼻であしらった。

「これがおっ母なら、ちょうどいい。目にもの見せてくれるわい」

石別の眼尻が、何故だか怒りで釣り上がっている。
粗暴の田夫は鞭を捨てるどころか、かえって握りしめている。

「これ、やめなさい」

老僧が馬の前に立ちはだかる。
石別はこれを容赦なく突き倒した。

「人は俺を乱暴だとか残酷だとか言いたてるが。
それもこれもすべてこのおっ母のせいじゃ。
これが幼い俺にした仕打ちはこんなものじゃあない。
己の心の赴くままに、怒鳴り散らしたり叩いたり。
小さな体に荷車を引かせ、日照りの日も吹雪の日も。
とても子供が運びきれない程の瓜を売り歩かせたのも。
すべてこのおっ母の悪の所業じゃ。
まるで売れない日があるのはもちろんのこと。
時には盗賊に襲われることだってあったわい。
すると、こいつはどうしたと思う。
まことの親なら、まず子を気遣うじゃろう。
これは頑是ない己が子を憐れむどころか。
こっぴどく叱りとばし、小突き回すのじゃ。
俺はこいつに教わったとおりに生きてきたまでよ。
今更なじられる筋合いなどないわ。
分かったか、この生臭坊主め」

ト、悔しさにまなこが震えている。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏――。どうせ長くは生きられまい」

老僧はよろよろと立ち上がりながら、馬に向かって再度合掌した。
そして、石別をさも憐れそうに見つめるト。

「ならば好きにせい。しかし、御母上様が死んで改悛していることだけは忘れるな。今のお前よりは何倍も立派であらせられるぞ」
「やかましいわ、この老いぼれが」

石別は僧侶を蹴散らして。
馬を引き引き立ち去った。

「よくぞ、生まれ変わってきてくれたものじゃ。そうと早く知っていれば、もっと痛い目に遭わせてやったものを」

ピシッ、ピシッと鞭打つ手に力が入る。
グイッ、グイッと手綱を引く手に怨みがこもる。

不敵な笑みを浮かべながら、石別は馬を乱暴に引いていく。

ト、いつしか空はかき曇り。
瓜売り歩く人と馬は。
見知らぬ森へト迷い込んでいた――。

「どこじゃ、ここは。いつも行き来する道を歩いていたつもりじゃが。こんな森は知らんぞい」

どこからともなく吹き付ける生臭い風に乗り。
聞いたこともないような鳥の奇妙な鳴き声が。
暗い茂みの遠い向こうから。
まるで悲鳴のように響き渡ってくる。

パカッ、パカッとやつれた足音を立て。
弱々しく後をついてきていた牝馬が。
その時、ついに立ち止まった。




憂いに沈んだ獣の眼。
徐々に瞼が重く垂れ。
今まさに力尽きようとしていた。
ちょうどその時。

パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ――。
パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ――。

森の茂みの左右から。
聞こえてくる無数の足音。
暗い茂みをじっと見つめておりますト。
徐々に見えてきたのは、数え切れないほどの馬の群れ。

「やッ。あれは、さっきの老いぼれ――」

その時、石別が気づいたのは。
瞼の上だけ白く毛の生えた黒鹿毛の馬で。
馬の群れを先導するように。
じっとこちらを見据えて向かってくる。

「なんじゃ。なんじゃ。何をする気じゃ」

鹿毛、栗毛、芦毛、青毛、河原毛――。

とりどりの毛色の馬たちは。
みな一様に悄然としておりまして。
まるで何かに操られるようにして。
声もなくこちらへ向かってくる。

石別はたちまち取り囲まれてしまった。

慰撫するように鼻先で、牝馬を撫で回す馬もあり。
または瓜にかじりつき、黙々と食べている馬もある。

「これ。やめんか。大事な売り物を」

ト、叫んだ石別を。
一頭の馬が振り返り。
まるで瓜でも食べるように。
硬い頭に突然かじりついた。

ガリッと耳のあたりに音が響く。

遠のきゆく石別の目の前には。
浮かんでは消える無数の馬の顔。

「ああ、お前か。こりゃ、お前か。ああ、お前は――」

ト、石別はそれらの顔が、今までこき使っては死なせてきた馬の顔だト気づきはしましたが。
薄れ行く光景の中でそれらの顔は、なじりもせず猛りもせず、ただじっとこちらを見つめていたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(「日本霊異記」上巻第二十一『慈びの心無くして馬に重き荷を負ほせ以て現に悪報を得し縁』ヨリ)

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