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金弥と銀弥

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どこまでお話しましたか。
そうそう、里から戻ってきた金弥の鬼のような姿を、仲良しの銀弥が目撃してしまうところまでで――。

銀弥は思わず逃げ出したい思いに駆られはしましたが。
あれほどまでに仲睦まじく過ごしてきた金弥でございます。
たとえ化け物であろうとも、金弥は金弥に変わりないのだト。
恐ろしさを耐え忍び、知らぬ顔でじっと待っておりました。

やがて、

キィーッと、

音を立てて、

木戸が開く――。

銀弥は思わず息を呑んだ。

「お待たせして、ごめんなさいね」

金弥は常と変わらぬにこやかな顔。
銀弥は入れ替わりに厠へ入る。

――あの戸の隙間から。
金弥さんが今、こちらを――

しきりに後ろを振り返り。
落ち着かぬ心で用を足す。

キィーッと戸を開ける。
そこに金弥が待っている。

暗い廊下を戻っていく。
闇に触れ合う二人の肩。
再びひとつの衾に滑り込んだ。

金弥の体のぬくもりが。
今夜ばかりは恐ろしく。
とうとう一睡もできぬまま。
赤い目で銀弥は朝を迎えた。

「銀弥さん」
「は、はい」
「いかがされましたの」

こちらを覗き込む金弥の表情は。
いつになく心配そうでございますが。
金弥の優しそうな顔が近づくたびに。
銀弥は血の気が引く思いで気が気でない。

「銀弥さん」
「はい」
「お加減が悪いのではございませんの」

「銀弥さん」
「はい」
「物思いをされているようでございますね」

「銀弥さん」
「はい」
「安心なさい。わたしが看病してあげましょうから」

その目に魅入られそうになる。

銀弥さん――。
銀弥さん――。
銀弥さん――。

とうとう心労が募りまして。
銀弥は寝込んでしまいました。




するト、その噂を里の父母が聞きつけまして。
ひとり娘が一大事であるト。
薬師(くすし)や修験者を送ってよこした。

「あれは物の怪に憑かれておりますぞ」

城から戻ってきた修験者は父母に報告した。

「早く手を打たねば大変なことになる。悪いことは言わない。今日中に呼び戻しておしまいなさい」

父母はそれを聞くト、慌てて娘のもとへ駕籠を遣りました。
銀弥は主君の許しを得て、里に帰ることとなった。

「風に当たられてはなりませんよ。道中は揺れますからご注意なさい」

駕籠に乗り込む銀弥の手を取って。
金弥が優しく声を掛ける。
その姿はあくまで姉妹のよう。
堪えきれなくなって銀弥は涙した。

「金弥さん、左様なら――」

やがて、駕籠は出発する。

駕籠が城門を出たその時。
あたかも待ちかねていたかのように。
駕籠の中から銀弥の声が叫んだ。

「化け物です。金弥は化け物です。あッ――」

ト、最後にひと声。
魂の消え入るような声が響いた。

「いかがされた」

付添の者たちは駕籠の垂れをまくり上げて中を見た。
ト、その光景に皆が言葉を失いました。

そこには――。

異様な形に仰け反り返った銀弥の姿。
顔は皮をべろりと剥がれている。
もはや目鼻の位置も判らない。
一面、血しぶきで赤く染まっていた。

銀弥の最期の訴えは、すぐに主君の耳に入る。
金弥はすでに姿を消しておりました。
そこで、親許へ使いが出されましたが。
思いも寄らぬ答えが返ってきた。

「春にお暇をいただきましてから、金弥はまもなく息を引き取りました」

そこでようやく人々は、二人がともに、とうから魔に憑かれていたことを知ったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(鈴木桃野「反古のうらがき」巻之三『怪談』ヨリ)

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