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鬼婆が血となり肉となる

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こんな話がございます。

ある山奥の貧しい村に。
竹林に囲まれたぼろ屋がございまして。
老婆と孫娘が二人で暮らしておりましたが。

夜空に月が白く冴えた。
ある秋のことでございます。

高く伸びた竹がゆらゆら揺れる。
竹の葉がさらさら音を立てる。
風がかたかた板戸を鳴らす。

「おばば。寒くて眠られない」
「よしよし。おばばの布団へおいで」

おばばは齢六十で。
孫娘の志乃は十六で。

おばばには倅が三人おりましたが。
この数年で次々と亡くなってしまい。
残されたのはこの志乃ひとりでございます。

ほかに身寄りのないおばばは。
志乃を心底可愛がっておりました。

トハいえ、まだまだ子供と思っておりましても。
世間では十六といえばもはや年頃でございます。
現に、ひとつ夜着の中で身を寄せ合っておりましても。
志乃の体つきが小娘から娘に変わりつつあるのがよく分かる。

「志乃にもそろそろ婿を探してやらねばならんの」
「いやじゃ。ずっとおばばのそばにいたい」
「そうではない。婿を取るというのは、この家に志乃の夫となる男を連れてくるということじゃ」
「それでも、志乃はずっとおばばとふたりがいい」
「いつまでもわらしっこのようなことを言うでないぞ」

おばばはそう諭してはみたものの。
己の腹が己でもよく分かっている。

志乃に婿を探してやりたいのではない。
年老いた己の世話をみてくれるような。
甲斐性のある婿を探したいのが本心で。

こうして秋風が身にしみる季節になりますト。
年々老いゆく我が身が寂しく、また切なくもなり。
己を残して死んでいった、夫や倅が恨めしくなる。
時には志乃の若さを妬みさえした。

「おばば。なにかが聞こえる」
「板戸がかたかた鳴るのじゃろう」
「そうではない」
「竹の葉がさらさら擦れるのじゃろう」
「そうではない」
「では、なんじゃ」
「おじじやおとうのお寺から――」
「――むむ」

耳をすませば、確かに聞こえます。

山の上、夫や倅が葬られている。
一家の菩提寺の方角から。
月夜の冷たい空を切り裂くような。
高く乾いた笛の音が。

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「一節切(ひとよぎり)じゃな」
「なんじゃ。それは」
「竹笛じゃ」

ぴぃィィィィィィっト長く長く、息絶えることなく。
いつまでも平坦に伸びるその音色は。
まるで土中の夫や倅たちを呼び起こすように。
不気味にして、物悲しく聞こえてまいりましたが。

その笛の音が、翌晩もその翌晩も鳴り止みません。

「おばば。誰が吹いておるんじゃろう」
「分からん。心配せんでもう寝ろ」

ところが、それから幾日目かの晩のこと。
おばばは夜半にふと目を覚ましましたが。

いつもは平坦で乾いた笛の音が。
今宵はいやに伸びやかで艶がある。

隣を見るト、志乃がいない。

おばばは胸騒ぎがいたしまして。
着の身着のまま、あばら家を飛び出しますト。

冷気を己が切り裂くようにして。
竹林に囲まれた山道を。
お寺に向かって駆け上がっていった。

スッタッタッタッタッタッ――。
スッタッタッタッタッタッ――。

高い竹がゆらゆら揺れる。
葉がさらさらと擦れている。

艶のある伸びやかな一節切の音色。

息せき切ってたどり着く。
本堂に冴えた月が射す。
縁側に若者がひとり腰掛けて。
うっとりと竹笛を奏でておりましたが。

そのすぐ脇に寄り添うように。
やはりうっとりと耳を傾けておりましたのは。
我が孫娘の志乃でございます。

冷たい夜気の中、白い月光に照らされた。
若い男女の得も言われぬ美しさ。

――チョット、一息つきまして。

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