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餓鬼阿弥蘇生譚 小栗判官と照手姫

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どこまでお話しましたか。
そうそう、小栗とその家来が毒酒で殺され、さらに照手姫までが父の毒牙にかかろうとするところまでで――。

愛しい小栗の死を知らされただけでも、悲しみに暮れた照手姫でございましたが。
今、生きたまま、おりからが淵に沈められるとなりますト。
もはや頼るべき小栗はこの世にございませんから。
ただ下手人に、せめて菩提を弔ってくれと頼むばかり。

鬼王、鬼次が輿を川に放り込む。
照手姫は水牢の中にありながらも、西に向かって手を合わせ、

「五逆消滅、種々重罪、一切衆生、即身成仏――」

ト、この世の生きとし生けるもの、すべての罪の消滅を観音菩薩に祈ります。

その願いが観音に届いたのかどうかは分かりませんが。
風が水を動かし、水が牢輿を動かしまして。
姫を載せた輿は運良く、ゆきとせが浦に吹き着いた。

土地の漁師たちが姫を見つけます。

「どこかから、お祓いの輿が流れ着いたぞ」
「今日は嫌に不漁だと思ったら、此奴のせいか」
「エイ、魔性の者め、化生の者め」

ト、櫓や櫂でやたらめったら叩きます。

その後、照手姫は慈悲深い翁に一旦救われますが。
その家の媼が、これが意地の悪い婆あで。
さんざんいたぶりなぶった挙句、人買いに売り払ってしまいました。

照手姫は人から人へと売られていきまして。
各地を転々としておりましたが。
最後に美濃国は青墓の、萬長者と申す者に買い取られまして。
常陸の小萩との名を与えられ、遊女として勤めるよう迫られます。

姫は今でも亡き小栗を慕っておりますから、貞操を守って、求めを拒む。
ついに水回りの下女に落ちはしましたが。
観音菩薩のご加護により、十六人分の仕事を押し付けられても苦にしません。

一方、死んだ小栗と家来たちはト申しますト。
主従もろとも、閻魔大王の前へ連れて行かれました。

「小栗は生前、大蛇の化身と契った罪により、修羅道へ落とす。十人の家来は主君の死に巻き込まれたので、娑婆世界へもどすことにする」

ト、大王は沙汰を下しましたが。
これに猛反発したのが、家来たちで。

「我々はどこへ落ちても構いません。何卒、主君だけは娑婆世界へお戻しくださいますよう」

地獄の沙汰も金次第とは申しますが。
これはさすがの閻魔大王も忠義に心を打たれたもので。

「それでは、主従十一人、全員を娑婆へ戻すように」

ト、改めて沙汰を下しましたが。
家来たちはすでに火葬に付されているので、帰る体がない。
一方の小栗は土葬でございます。
腐敗はしておりましょうが、一応体は残っている。

「では、小栗。忠義に厚い家来たちの嘆願によって、その方一人を娑婆へ戻す。今、書状を書いてやるから、これを持って藤沢の明堂聖を訪ねてゆけ」

閻魔大王は、さらさらさらと書をしたためて、小栗に渡しました。
そこにはこう書かれてあったと申します。




「藤沢の明堂聖の一の御弟子に渡し申す。熊野本宮、湯の峯にお入れあってたまわれ」

大王はその書状に判を押しますと――。
杖を振り上げて虚空をはったと打つ。

すでに三年を経た小栗の墓が、四方八方へ割れて開く。
卒塔婆がドーンと投げ飛ばされる。
群れた烏がカラカラと鳴く。

何事かと人々が集まってくる。
地獄絵に見たような餓鬼がいる。
髪ははらはらと振り乱し、手足は糸より細くして、腹は鞠を括ったよう。
あちらこちらを這いまわり、手を上げてものを書く真似をしております。

知らせを受けて明堂聖がやってきますト。
胸に提げた札に、閻魔大王の書状が貼ってある。

さてはかの小栗が蘇ったか、ト察しましたので。
横山親子に知られては一大事ト。
小栗の髪を剃って僧形に作り、餓鬼阿弥陀仏と名づけました。

「この者を一引き引いたは千僧供養。二引き引いたは万僧供養」

明堂聖は胸の札にこう書き添えまして。
車を作って餓鬼阿弥を載せ、熊野へ向けて引いていきます。

道すがら目にした者たちが、我も我もと車を引く。
あの横山一党の家来たちまで、小栗と知らずに車を引く。

こうして藤沢を出ましてから、酒匂、小田原、箱根、伊豆、富士ト、順調に車は進みます。
遠江、尾張を過ぎて、美濃の青墓の宿に入った時――。
偶然、五日の暇(いとま)をもらっていた常陸の小萩、もとい照手姫がこの行列を見かけました。

まさか、この餓鬼阿弥が愛しい小栗とはつゆ知らず。
亡き人の供養になるならと、車を引いたのが縁と申すものでございます。

乱れ髪に古烏帽子をかぶり、顔には油煙の墨を塗りまして。
小袖の裾は肩までまくり、物狂いを装って、熊野まで付き従うことにいたしました。

藤沢を出てから四百四十四日目に、一行はようやく熊野の麓に着く。
そこから先、餓鬼阿弥はひとり、山伏たちに担がれまして。
熊野本宮、湯の峯に入りますト。

七日目には両目が開き――。
十四日目には耳が聞こえ――。
二十一日目には物を言い――。
四十九日を数えた日に、元の小栗殿に戻られました。

小栗はこの奇跡によりまして、帝から判官の官職と常陸美濃の二国を与えられます。
後に国司として美濃の青墓に赴きますト。
下女に身を落としていた照手姫と再会しまして。
二人は互いの素性に気づき、めでたく夫婦とはなりましたが。

忘れてはならないのが、常陸の横山一党で。
これまた国司として常陸国へ夫婦ともに帰りますト。
小栗判官は七千騎の兵をもって、横山一党を攻めにかかりましたが。
娘である照手姫の哀願によりまして、父の横山殿は赦してやりました。

ただし、かえすがえすも、三男の三郎だけは赦せませんので。
これは簀巻にして、生きたまま西の海に沈めました。
また、照手姫を人買いに売った媼も後に探し出しまして。
これは首から下を地中に埋め、竹鋸で首を引かせました。

夫婦は末永く添い遂げまして、天寿を全うされましたが。
小栗判官は、美濃国墨俣の正八幡に荒人神として祀られまして。
照手姫も同地において、縁結びの神として祀られます。
名馬鬼鹿毛は、漆で塗り固められ、馬頭観音となりました。

死せる魂が、黄泉の穢れから蘇生を果たし、怨敵一門を滅ぼすという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(説経節「をぐり」及ビ、相州藤沢二伝ハル小栗判官照手姫ノ伝説ヨリ)

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    勧善懲悪というと薄っぺらい物言いになってしまいますが、まあ溜飲が下がるお話でしたな。日がな一日こんな芝居でも観たい気になりました。

    • onboumaru より:

      水上勉氏によりますト、語り手が聴衆の望むようにお話を語り変えていった結果、このような形に落ち着いたのだと申します。
      悪人が残虐に報復されるのも、つまるところ、当時の民衆の求めた結末だと考えると、少し薄ら寒い気がしないでもありません。