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冥土への抜け穴

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どこまでお話しましたか。
そうそう、判右衛門と判八親子が、仇、寺田弥平次のいる家の塀に抜け穴を作り、庭へ進入することに成功したところまでで――。

「何者だッ」

ト、呼び止めた声は、紛うことなき仇、寺田弥平次の声。
ここであっさり捕らえられては元も子もございません。

父子は咄嗟に板切れを口にくわえて、魚の骨に見立てまして。
背に腹は変えられませんから。

「ワン」
「ワン」

ト、それぞれ犬の鳴き声を真似ました。

ざあーっと大雨の降りつける音。
びゅーっと大風が吹き付ける音。

「――犬にしては頭が高いぞ」

寺田弥平次の声が、嘲るように風雨を切り裂きました。

「皆の者、出合えッ」
「オーッ」

ト、声を上げながら、村の若者たちがドタドタと駆け下りてくる。
弥平次自身は、まだ警戒して出てきません。

身の危険が迫りまして、判右衛門は、

「ひとまずは、退却だ」

ト、手にしていた鍋や釜をそこらに放り投げまして。
初めに作った抜け穴目指して逃げていった。

まず判八が飛び込みまして、これは苦もなく外へ抜けられました。
ところが続いて飛び込んだ判右衛門は、老年の身とて、思うようにくぐられない。

そのうちに追手が駆けつけまして。
大勢で判右衛門の両足に取り付きます。
判右衛門はじたばたするが、出ることも戻ることもままならない。
判八は、それを見ておろおろトするばかり。

「判八、何をぐずぐずしておる」
「は、はあッ」

判八はともかくも、父の腕を引っ張ろうといたします。

「そうではない。早くわしの首を斬れ」
「な、何をおっしゃいます」

唐突な命令に、判八が思わず怯みました。

「仇討ちに来た者が辱めを受けて死んだとあっては、兄上に申し訳が立たぬではないか。素性が知られぬように、早く首を斬って持ち去れッ」




判八は震える手で刀を抜く。
判右衛門はぐっと口を横に引いて、目をつぶる。
判八もまた、目をつぶりまして、

「エイッ」

ト、父の首を斬り落としました。

豪雨の中、水たまりにバシャンッと首が落ちました。
敵方では急に体がスポッと抜けたので、勢い余って尻餅をついている。
その隙に、判八は首を拾って逃げ去りました。

寺田弥平次方では、首のない死骸をめぐって様々に詮議をする。
鍋や釜が落ちている以上、まさか仇討ちがやってきたとは思えません。
結局、盗人が逃げる途中で見つかり、獲物を放り投げて出ていこうとしたものト落ち着きました。

判八は、我が手に掛けた父の首を抱え、入佐山の奥深くに分け入った。

「なんという因果であろう。仇は討てず、親の首を斬ることになろうとは」

江戸に残した母上がお聞きになったら、どんなにかお嘆きなさるだろう。
どんなにか、自分を不甲斐ない息子とお思いになるだろう。

うちひしがれていた判八でございましたが。
仮にも武士の子、ふと頭を上げて自らを鼓舞いたしました。

「いや、しかし、仇である以上、弥平次を討たずにおくわけにはいかぬ。父上、ご安心くだされ」

判八は気丈にも、父の首にそう語りかけまして。
木の根元を掘り、これをひとまず葬ろうとしておりますト。
土の中から、髑髏が一つ現れました。

「なんと。ここにもまた、無念の人の成れの果てか――」

ト、感じ入って、しゃれこうべを二つ、並べて埋めた。
露草を折り、水を手向けて、手を合わせる。

塚を枕に休んでいるうちに、うとうとと眠気が差してきた。
するト、夢枕に現れましたのは、かのしゃれこうべでございます。

「わしは汝の伯父、判兵衛だ。汝の父、判右衛門がわがために仇討ちに来て、汝に首を斬られること――これは前世から定まっていた宿命なのだ。理由がある。他でもない。このわしが、前世において弥平次の一門を、理由もなく八人まで斬り殺したのだ。今、冥界に落ちてようやくその事実を知った。汝も定めから逃げることは出来まい。武勇の志を捨て、出家せよ。先立った我々二人の菩提を弔ってやってくれ。証拠が欲しければ、塚を掘り返してみるがよい。我がしゃれこうべは姿を消していることであろう」

目を覚ました判八が、半信半疑で塚を掘り返してみますト。
夢に言われたとおり、そこには元のしゃれこうべがなくなっていた。

ところが、判八がこれをどう受け止めたかト申しますト。
不思議のことながら、よもや討たずにおくべきかト。
匹夫之勇で敵に向かっていきましたが。
その甲斐もなく、やはり返り討ちにあったそうでございます。

武士の立派な義侠心も、因果の前では何の役にも立たなかったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(井原西鶴「西鶴諸国ばなし」巻三ノ七『因果の抜け穴』ヨリ)

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