こんな話がございます。
唐の国の話でございます。
昔、李頤(りい)ト申す者がございました。
この者は後に湘東の太守にまでなった人物でございます。
この李頤の父が、少し性質の変わった人でございまして。
妖かし、迷信のたぐいを一切信じません。
ただ信じないだけならともかくも。
これを好んで挑発するきらいがございます。
かの国では年男、年女は、赤い衣を身につける風習がございます。
これは自身の干支と同じ年――これを本命年ト申しますが。
本命年には、災いがあると考えられているからでございます。
つまり、赤には破邪、魔除けの効能があると信じられている。
それでは、李の父はト申しますト。
年男となった年に、敢えて黒い衣を身に着けまして。
喜々としてみなに見せびらかしている。
これではわざわざ邪鬼を呼び招いているようなものでございます。
ところが、その年一年間、特に変わったこともございませんで。
そうなると、李の父は大得意でございます。
ほら見たことか、お前たちも黒い衣を身につけるが良いト。
家の者に触れ回るばかりか、宴会を開いて近隣の人々まで招く始末。
さらにその宴席で、こんなことがございました。
かの国では梨を切り分けて食べることをいたしません。
必ず一人で丸かじりをする。
これは「分梨(ぶんり)」が「分離」に通じるからで。
家で召し使っている下女が、こうした迷信のたぐいをひどく気にしておりまして。
宴席の口直しに、梨を出すことトなりましたが。
決して切り分けようなどトは考えません。
当然のごとく、丸々一個ずつ、皮だけ剥いた状態で、皿に載せた。
するト、李の父はこれを見て烈火の如く怒りだしました。
もちろん、これは半分はみなを楽しませようトいう芝居でもございますが。
その場で突然、大仰に刀を抜きますト。
下女を斬るかト思いきや、梨をご丁寧に切り分けた。
一つを二つに、二つを四つに、四つを八つに、八つを――。
思わず悲鳴を上げる下女を見て、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべます。
文字通り八つ裂きトなった梨の一片を、剣先でブスっと突き刺しますト。
これを下女の目の前にヌッと差し出して、こう言った。
「食べてみろ。主人の命令だ。恐れるでない。きっと良縁のあることを受け合ってやる」
下女は思わず卒倒いたしたそうでございますが。
翌年、見事に良縁を得て、祝福のうちに勤めを辞したそうでございます。
こうなるト、世の中、何が当てになるか分かりませんナ。
さて、ある時、これらの噂を聞いた商人が、李の父の元を訪ねてきた。
なんでも、この町の郊外に不吉な屋敷を持っており。
それを、何とか買ってはいただけないかト申します。
「何がどう不吉だと申すのだ」
「はい。実はその屋敷に住んだ者は、必ず死ぬという凶宅で」
おずおずト告白する商人をよそに、李の父は豪快に笑い飛ばした。
「ハッハッハッ。おどおどと肩をすくめながら、なかなか大胆なことを抜かしおる。面白い、買ってやろう」
商人は、泣いて喜びましたが。
家の者たちは、泣いて震えている。
一家はさっそく数日後に、郊外にある曰く付きの凶宅へ引っ越していきました。
森の近く、野草が伸び放題の荒れ地の真ん中に。
ぽつんと寂しく建った石造りの大きな屋敷がひとつ。
中へ入るトひんやりとして、かび臭さが鼻をツンと突く。
いかにも、凶事が起こりそうな、薄気味悪い邸宅でございます。
――チョット、一息つきまして。