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非情乞食と茶屋娘

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どこまでお話しましたか。
そうそう、風変わりな乞食の男が、石氏の茶店の一人娘の方へ、突如向かってくるところまでで――。

この娘がまた心がけの殊勝な娘でございまして。
そこらの子どもなら、気味悪がって逃げ出しそうなものでございますが。

ちょうどかわいそうにト思っていたところへ。
折よくやってきてくれたものだト。
いつものように茶を注ぎますト。
乞食へ差し出してやりました。

さすがにこれには、乞食の方でも驚いたらしく。
垢と乾いた鼻水にまみれた顔をほころばせまして。
ニッと黄色い歯をむき出しにして。
薄気味悪い笑みを浮かべて、娘を見る。

娘は微笑み返すわけでもなく。
ただじっと乞食を見ております。

乞食は茶をズルズルとすすり終えますト。
きまり悪そうな顔で娘を見上げる。

「お代は結構ですよ。だって、あなたにあげようと思って注いだんですから」

これは娘の心が清らかなのか、それとも少し足りないのか。
ともかく乞食は意外にも、娘の言葉に胸を打たれたようでございまして。
恥ずかしそうに会釈をするト、力を得たように去っていきました。

何度も何度も、去りゆく乞食が振り返る。

その様子を見て、近隣の店の者たちが噂し合う。

「あの子もあの子で、ちょっと変わってますよ」


翌日、件の乞食がまた通りに現れました。
今度は妙な繰り言を言うこともなく。
しずしずと石氏の茶屋の前までやってきますト。
物欲しそうな目で娘をじっと見ております。

娘はためらうことなく、茶を注いで出してやりました。

それからというもの、毎日のように乞食が通ってくる。
娘もその度に茶を注いでやりました。

人の口に戸は立てられないト申しますが。
近頃、儲けが多いのを良いことに。
連日、遊び歩いていた父の耳に。
娘と乞食の噂が入ってくる。

父はたちまち激怒する。
己が一代で築いた身代のつもりでおりますから。
そんな汚らしい乞食のために、店の評判が落ちてはたまらないト。
娘を問い詰め、折檻した。

人は変われば変わるもの。

ところが、娘はいくら怒鳴られようと、ぶたれようと。
乞食に茶をやることをやめません。

乞食も乞食で良心の呵責を感じたものか。
ある時、茶を運んできた娘に、小声でこう呼びかけました。

「近頃、飯も食わせてもらえていないのだろう。飲みかけで良ければ俺の茶をやるが、どうだ」

ト、今、口をつけたばかりの湯呑みを娘に差し出した。




娘は瞬間、思わず目をそらしましたが。
渡されるまま、湯呑みを手にしました。
だが、さすがに口に運ぶのは躊躇われた。

それを乞食は見逃しはしない。

ところが、娘はそんなことは知りませんから。
乞食に気づかれぬように気をつけながら。
湯呑みを少し傾けまして。
中の茶を地面にこぼしますト。

世にも妙なるかぐわしい香りが。
茶に濡れた土から湧き上がってきた。

娘はまるで幻影にでも引き込まれるように。
躊躇なく湯呑みを口に運びまして。
残りの茶を美味しそうに飲み干しました。

ところが、それを見た乞食が突然、表情を一変させた。

「おい、お前。俺を一体、誰だと思う」

ト、幼い娘相手に凄み始めた。

「俺は呂翁の弟子だ。畜生め、あと一息だったのに」

呂翁ト申すは、かの「邯鄲夢の枕」に登場する、呂翁でございます。
唐土の八仙の一人に数えられる、仙人の元締めのような大人物で。

「お前が黙って初めから飲み干していたら、俺は仙人にしてもらえるはずだったのだ。人の出世を邪魔しやがって。たかが貧乏茶店の小娘が」

ト、酷い八つ当たりがあったもので。

「やめだ、やめだ。茶番はやめだ。こうなったら、もうヤケだ。お前の長寿も富貴も、根こそぎ俺が奪い取ってやる」

そう喚き散らして、通りを去っていきましたが。
その様はまるで、初めて現れたときの惨めさそのままで。

ところが、こういう小人物ほど、機嫌を損ねると侮れない。

石氏の茶店は翌日、放火に遭いまして。
逃げ遅れた父親が焼死体で見つかった。
店はもちろん跡形もない。
娘は難を逃れたものの、突然、食う道を失ってしまう。

にわかに乞食に身を落とし、娘は方々を彷徨いましたが。
誰も娘がしたようには、親切な施しなどしてくれません。
幾日も経たぬうちに、行き倒れて死んでしまった。

一方の呂翁の弟子はト申しますト。
幼い娘相手に、気位も憤怒も抑えられない男です。
とても仙人になどなれるはずがない。

後日、路端でだらしなく死んでいるのが見つかりましたが。
誰にも顧みられることなく、そのまま打ち捨てられまして。
その遺骸はやがて野犬の餌食になり。
これまた跡形もなく消え失せたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(宋代の伝奇小説「夷堅志」甲巻之一『石氏女』ヨリ)

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