::お知らせ:: 最新怪異譚 焼き場の妖異が我をたばかる を追加しました

 

蘭陵王の婿

この怪異譚をシェア

こんな話がございます。
平安の昔の話でございます。

北斉の蘭陵武王は、武勇と悲劇の名将でございます。
数々の武功を立てながら、かえって疎まれてしまいまして。
最期は時の皇帝により自害に追い込まれたという。
我が朝で喩えるなら、さしずめ日本武尊命といったところでございましょう。

この蘭陵王でございますが。
実は文字通り別の顔を持っている。
ト、申しますのは。

世に比類なき美声と美貌の持ち主であったため。
配下の兵士たちがついうっとりとしてしまう。
また、敵からは軟弱者ト思われて見くびられる。
そこで考えたのが、仮面を付けて出陣することでございました。

その仮面というのがまた凄まじい。
野獣とも鬼神ともつかぬ形相で敵を威圧する。
蘭陵王がこの面を被って敵の軍勢をかいくぐり。
見事帰城した時には、味方の兵すら恐れ慄いたト申します。

さて、お話は本朝の平安京に舞い戻りまして。
都の一隅に、ある若い男がおりました。
二親には早くに死に別れ、己は妻もおりません。
天涯孤独の身で、空しく歳月を送っておりましたが。

そんな男のために、良い縁談を持ち込んだ友がある。

「親もなく独り身でありながら、尽き果てぬ財に囲まれて暮らす娘がいるそうな」

男はこれまで苦労を重ねてまいりましたので。
この話に一も二もなく飛びついた。

男はさっそく友から伝え聞いた娘の家を訪ねていきまして。
恐る恐る共寝を申し出るト、娘はあっさりとこれを承知した。
それからは夜ごとに娘の元へ通い続ける毎日で。

初めは夜の闇に隠れていた娘も。
やがて燈籠の灯に素顔を晒してくれるようになった。

年は二十歳ばかりでございましょうか。
その容貌はハッとするほど麗しく。
黒髪が長くその身を包み込んでいる。
宮中にもこれほどの美女はないト思われるほどで。

そればかりではございません。

その住む家は、まるで貴人の邸宅のよう。
身の回りでは、老若男女の者が。
いともまめまめしくかしずいている。
ほんの小舎人童までもが、上綺羅の衣に身を包んでおります。

「ありがたい、ありがたい。これぞ神仏の助けに違いない」

男は用意された牛車に乗って帰っていき。
また翌晩、同じ牛車の迎えを受けて通ってくるのでございました。




天にも昇る心地で幾夜も過ごしているうちに。
月日は夢のように過ぎてゆく。
やがて娘は子を孕んだ。

するト、これまでかいがいしく世話を焼いていた女房たちが。
途端に慌ただしく立ち回るようになる。
ピリピリとした緊張感が女たちの間に流れます。

男はしばらく蚊帳の外に置かれておりましたが。
娘の様子が落ち着いてくるト。
女房がひとりふたりト部屋を出ていき。
いつの間にか、娘と男がふたりきりに残されました。

「やっと気を遣ってくれたものと見える」

男は笑って娘に寄り添いましたが。
どうしたわけか、娘は男に顔も合わせずに。
ただ、しくしくト泣いてばかりいる。

男は妙に思いながらも。
肩を抱き寄せ、背中をさすってやりました。
そうして、闇の中に娘のすすり泣きだけが。
しばし響き渡っておりましたが。

突然――。

これまで開いたことのない襖がガラッと開く。

「何者ッ」

男は驚いて、思わず声を上げる。

襖の向こうから、その何者かが。
ゆっくりトこちらに近づいてくる。

やがて、燈籠の仄かな灯に。
照らし出されたその顔に。
男は再び「あッ」ト声を上げた。

そこに立っていた者とは。
いにしえの蘭陵王の仮面を顔につけた。
紅い水干に束ね髪姿の大男だったのでございます。

――チョット、一息つきまして。

この怪異譚をシェア

新着のお知らせを受け取る