こんな話がございます。
唐土(もろこし)の話でございます。
肇慶(ちょうけい)は古代、百越の住まった地でございまして。
秦の始皇帝が、彼ら異俗の民を征服いたしまして以来。
かの地は漢人の管轄するところとなって、今日に至っておりますが。
土地には土地の神がおり、土地の霊が住まっておりますので。
いくら生きた人間の側が実権を掌握したつもりでおりましても。
我々の見えないところで、真の支配は脈々と続いているものでございます。
時代は下りまして、宋王朝の頃のこと。
ある番卒が夜中に城中の見回りをしておりましたが。
林の一隅にある亭(あずまや)の方角から。
何やら火の光が漏れているのが見えました。
「どこぞの乞食どもが宴会でも開いていやがるか」
毎晩平穏無事な夜回りに。
番卒はちょうど退屈しておりましたので。
暇つぶしにはもってこいとばかりに。
灯りと話し声の方へと、ひとり歩いていきました。
ト、その時、番卒の目の前を横切った小さな影。
見れば、七、八歳の幼い男児でございます。
俗に紅顔の少年トハ申しますが。
絵に描いたような紅が両頬に差されている。
「これ。こんな時分に何をしておる」
男児は番卒には目もくれず、
「コオロギがどこかへ逃げてしまったんだよ」
ト、草むらに向かって必死に目を凝らしている。
その眼差しは愚鈍なまでに真っ直ぐで。
小さな瞳は妙につぶらでございます。
「これ。コオロギなどどうでも良い。こっちを見ろ」
その言葉を聞くや、男児はキッと番卒を振り返った。
「どうでも良かァないや。金が掛かってるんだィ」
「ほほう。さてはやってやがるな」
ト、その一言で流石にピンときた。
番卒は追い立てるように男児に案内をさせまして。
灯りの源へトやってくる。
闇の中、亭の下で火を焚きまして。
大人が十数人、子供が五、六人。
何かを囲んで大騒ぎしております。
二匹のコオロギが対峙して睨み合っている。
男たちが固唾を呑んで見守っている。
リリリリ――、リリリリリ――。
二匹が互いに威嚇するように。
翅をうち震わせて盛んに鳴く。
やがて一方が気圧されたように。
鳴くのをやめてすごすごト退散した。
ワッと歓声が沸きました。
これは何をしているのかト申しますト。
本朝ではあまり馴染みがございませんが。
闘蟋(とうしつ)ト申す唐土の遊びでございます。
二匹のコオロギ(蟋蟀)を対峙させ。
相手を鳴き負かした方を勝ちとして。
人間がその勝負に金銭を賭けるのでございます。
男たちは老いも若きも勝負に熱中するあまり。
番卒が来たのも気づかず、狂乱している。
番卒はそんな男たちの背中越しに。
コオロギの勝負を見守っておりましたが。
「おい。なんだかイヤに生臭くはねえか」
ひとりがそう言って、不意に後ろを振り返る。
瞬間、番卒と目が合いました。
ト、驚いた拍子に、でございましょうか。
男の頭部がまるで平衡を失ったように。
首からもげて、ゴロンと床に転がった。
驚いたのは番卒の方でございます。
あんぐりと口を開けたまま。
言葉を失っておりますト。
大人も子供も、取り繕うように男を介抱する。
もげた仲間の首を背後に隠し、窺うように番卒を見た。
――チョット、一息つきまして。