こんな話がございます。
伴山ト申す僧がございまして。
諸国を旅しておりましたが。
ある時、下総は須賀山ト申す地を、通りかかった時のことでございます。
四町ほど続く石垣が目に入ってまいりましたが。
そのほとんどが崩れかかっておりまして。
すみれ野原に、器のかけらが散らばっている。
どうやら、古い屋敷の跡らしく思われました。
その傍らに八十に近い老人が、火鉢にあたりながら藁靴を編んでおりました。
草の庵を結んで暮らしている様子でございます。
伴山が、上総への道筋を聞きがてら、
「ここはどちら様のお屋敷の跡でしょうかな」
ト、尋ねますト。
老人は、煙草の煙をくゆらせながら。
ゆっくりと語りだしたのでございます。
昔、ここは高塚沖之進ト申す武士の屋敷でございました。
高塚家は代々、この地の領主でございまして。
沖之進は隣国の姫君を奥方に迎え、つつがなく暮らしておりました。
その時、奥方はまだ二十一歳の瑞々しさ。
ところが、ある時からこの奥方が、ふとした病から床に臥すようになりまして。
看病虚しく、ついに臨終の時を迎えることとなりました。
隣国からついてきた乳母が、非常に心を痛めまして。
奥方様には、阿弥陀浄土からのお迎えがあるよう、念仏をしきりにお勧めする。
自身は、長く汗に濡れた布団を、せめて最期くらいはト、取り替えようといたします。
ト、その枕の裏に紙片のようなものを見つけたのが、そもそもの発端で。
あまりのことに、乳母は気が動転いたしまして。
その場では懐にさっとしまいますと。
用足しを装って廊下に出、改めてそれを取り出して呆然とした。
何をそんなに驚いたのかト申しますト。
その紙片は、人の形をしていたのでございます。
それも、ただの人ではない。
二十一、ニの娘姿をしております。
さらに、体中の骨の節という節に。
一本も欠くことなく、鋭い針が突き刺さっている。
絵人形に着せられた着物はト申しますト。
下は黄無垢、白無垢の衣紋、上は芥子鹿子に菊流し模様。
帯の金糸、顔立ち、目もとにほくろのあるところまで。
これは明らかに奥方の生き写しでございます。
げに恐ろしき、調伏の人形(ひとかた)――。
乳母はあまりの恐ろしさに身の毛がよだつのを、止められなかったのでございます。
「お患いのあまりの唐突さといい、これはきっと何者かの呪詛のせいに違いない。お小さい時からお育て申した、我が姫君。必ずや悪人を探し出し、白日の下に曝け出してやろうぞえ」
乳母は心の底から憎悪を湧き上がらせまして。
この一事を主君の高塚沖之進にご注進する。
主君も驚き、憤慨なさっているところへ、奥方様ご容体急変の一報が入る。
うら若き二十一歳の麗人は、騒動の中、静かに息を引き取られました。
――チョット、一息つきまして。