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天竺の僧伽多と鬼ヶ島の女

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どこまでお話しましたか。
そうそう、南の島に流れ着いた僧伽多ら一行が、愛らしい妻たちがみな鬼女だったと知り、慌てて逃げていくところまでで――。

白馬は男たちを背に乗せて海を泳ぎ、やがて天竺の南の岸にたどり着きました。
男たちがほっとして陸に降りるのを見届けるト、馬は姿を消しました。

こうして僧伽多は命からがら故郷へ戻りましたが。
あまりの恐ろしさに、このことを他人には決して話しません。

ところが、それから二年が経ったある日のこと。

何が起きたかと申しますト――。

妻が僧伽多をはるばる訪ねてきたのでございます。

愛らしかった我が妻が、あの時よりも美しくなって目の前にいる。
僧伽多は思わず息を呑みました。

「あなた、もしや私を鬼だとお思いになったのですか」

女は恨む風でもなく、ただ悲しげにうつむいて申します。
僧伽多は何も答えられずに、立ち尽くしている。

「あの島には人を喰う鬼が出るのです。ですから私たちは高い壁と厳重な門で町を取り囲んでいるのです。それをあなたは――。私が襲われたのも知らないで、無慈悲にも捨てて去っていくなんて――」

ト、最後の方は言葉にもならず、さめざめとすすり泣いている。

それを見て僧伽多はどうしたかと申しますト――。

突然、憤怒の形相を露わにして、剣を抜き、女に襲いかかった。

女は間一髪逃れて逃げて行きましたが、その仕打ちを激しく怨みまして。
宮廷へ駆け込んで王に奏上いたしました。

「僧伽多は私の夫でございます。それだというのに、私を打ち捨て、あまつさえ命を奪おうといたします。この上は陛下の御裁定を仰ぎたく、こうして参上いたしました。どうか、哀れな私めの訴えをお聞き入れ下さいまし」

ト、さめざめと泣く。
顔はやつれ、憂いに満ちた女には、また格別の風情がある。
その美しさに、臣下はもちろん、御簾越しに見ていた王も心を奪われた。
王は僧伽多を召し出しました。

「その方はどうしてこれほどの女を打ち捨てようと申すのか」
「陛下、騙されてはなりませぬ。あれを宮中に立ち入らせれば、必ずやゆゆしき事態を招きますぞ」
「その方は愚かよの。よいよい。後門よりあの女を連れてまいれ」

ト、侍従に命じまして、女は王の側女となった。

その物腰、居住まい、器量――。
どれをとっても匂い立つようで。
以来、王は女の魅力に骨抜きにされてしまいます。
床に入ったまま出ても来ず、政事(まつりごと)を顧みもしない。

その噂を耳にした僧伽多が参内いたしまして、

「陛下、ゆゆしき事態でございますぞ。なんと浅ましいことでございましょう。もはやお命を奪われようとしておりますものを」




ト、奏上する。

しかし、王を始めとして、宮中の誰も耳を貸す者はございません。

それから三日目の朝。
まだ格子戸も上がらぬ時刻でございます。
女は王の寝殿から一人、姿を現しました。

顔つきは一変し、目が恐ろしく据わっている。
口から血が滴っている。
しばらく周囲を見回したかト思いますト。
突然飛び上がり、雲の中へと消えていった。

驚いた人々が、王の寝所に駆けつける。
そこにはただ一つ、血に染まった王の首が転がっておりました。

宮中は上を下への大騒ぎとなる。
臣下や女中が泣き叫びますが、時すでに遅しでございます。

その後、王太子が王位に就きますト。
すぐさま僧伽多を召し出しました。

「陛下にあらせられましては、どうかすみやかに宣旨をお下しくださいませ。この僧伽多が必ずや妖鬼どもを討伐してまいります」

そこで新たな国王は、僧伽多の求めに応じまして。
太刀の兵を百騎、弓の兵を百騎、すべて僧伽多に率いさせ、船で送り出しました。

僧伽多は船を率いて鬼の島に漕ぎ着けますト。
まずは商人の身なりをした者たちを浜に下ろしました。

何も知らない鬼女たちが、美しい女の姿で歌いながら近づいてくる。
例によって、商人たちを案内して連れていきます。

門を開け、城塞の中へ入ったその時――。
二百の兵が一気に雪崩れ込む。
鬼女たちを斬り、射殺しにかかります。

初めはしおらしく悲鳴をあげておりましたが。
僧伽多が獅子奮迅の勢いで大声を上げ、駆けずり回るのを目にしますト。
鬼女たちも正体を顕し、大口を開けて襲い掛かってくる。

しかし、屈強の兵に太刀で頭を割られ、逃げ飛んだところを射抜かれまして。
ついに鬼女たちは一人残らず死に絶えました。

僧伽多は家々に火を放って、島を焼け野原にする。
喜び勇んで凱旋いたしますト。
国王より褒美として、この島を賜りました。

その後は子々孫々、代を継ぎまして。
今も僧伽多の一族が、この島の王位に君臨していると申します。

美しい茨に必ずや棘ありという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(「宇治拾遺物語」巻六『僧伽多羅刹国に行く事』ヨリ。玄奘(三蔵法師)著「大唐西域記」二、セイロン島建国譚トシテ記述セラル。後ニ日本ノ女護ヶ島伝説ヲ生メリト云フ)

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