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怪談牡丹燈籠

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どこまでお話しましたか。
そうそう、毎晩通ってくるお露が幽霊だと疑われ、新三郎が谷中の住居に確かめに行ったところまでで――。

新三郎は青ざめた顔で飛んで帰ってくるト、白翁堂にありのままを伝えました。

「ようやくご理解されましたかな。それでは、私が手紙を書いて進ぜるがゆえ、それを持って新幡随院の良石和尚を訪ねなさい」

手紙を受け取るト、新三郎は一も二もなく新幡随院へ飛んで行く。
和尚は白翁堂の手紙を読みまして、

「なるほど。事情は了解いたしました。拝見しますと、確かにあなたには死相が出ている。しかも深い因縁によるものです。三世、四世にわたってあなたを慕う女との因縁によるものですから、そう簡単に払う事はできません」

にべもなくそう言われまして、新三郎はガタガタと震え始めた。

「まあ、ご安心なさい。まず、海音如来のご尊像をお渡ししますから、これを死霊除けとして、肌身離さずお持ちなさい。金無垢ですから、盗まれぬようご留意なされなさい。それから、御札を書いてお渡ししますから、幽鬼の入り口を塞ぐように、家中のあちらこちらに貼っておきなさい」

新三郎は再び飛んで帰る。
白翁堂や伴蔵も手伝いまして、家のあちこちに御札を貼ります。
新三郎は、蚊帳の中に入って夜を迎える。
やがて、上野の八ツの鐘がボーンと響いてまいります。

――カラン、コロン。
――カラン、コロン。
――カラン。

ト、生け垣の前で下駄の音が止まった。

「嬢様。どうも萩原様はお心変わりをなされたようでございます」
「どうにか中に入れてもらう手立てはないのかえ」

さめざめと女のすすり泣く声が聞こえてくる。
そして――。

――カラン、コロン。
――カラン、コロン。

再び、駒下駄の音が月夜に鳴り響く。
どうやら、家の周囲を歩きまわって、入る隙間を探しているようでございます。

その頃、伴蔵の女房お峰は、蚊帳の外で夫が誰かと話している声を聞いて、目を覚ましました。
耳を澄ますト、どうやら相手は女のようでございます。
そのうちに女は帰っていったようでしたので。

「今の女は誰だよ」
「お前には関係ねえから、黙ってな」
「黙ってろだと。女房が寝ている隙に女を連れ込んでおいて」
「そうじゃねえ。言えばお前が怖がるから黙ってるんだ」

ト、伴蔵も震えている。

「実はな――」

伴蔵は、新三郎とお露の馴れ初めから良石和尚のことまで、一切合切説明いたしますト。

「その死んだ嬢様のお女中が、御札を剥がしてください。ご迷惑は百も承知ですなどど言いやがるんだ」

お峰はブルブル震えながら聞いておりましたが、

「だ、だったら、小判百両持ってきたら考えてもいいと、ふっかけておやりよ。ううっ」

ト、怖がりながらも、幽霊と取引しようという。
抜け目ない女があったもので。

「ば、ばかやろう。本当に持ってきたら、どうするんだ」
「そしたら、剥がしてやればいいじゃないか」

翌晩、お峰は押し入れに隠れて息を潜めております。
伴蔵は茶碗酒をあおって、度胸をつける。
ト。

――カラン、コロン。
――カラン、コロン。

スーッと表の戸が開きまして。
牡丹の燈籠を提げたお米と、その背後に隠れるようにお露の姿。
うなだれた女の幽霊が、二人で玄関先に現れた。




「伴蔵様――」
「へ、へえ」
「毎晩参りまして、ご迷惑ではございますが、御札の件は――」
「そ、それがですねえ。私らも萩原様のお陰でどうにか食っている身でございますから。萩原様のお体に何かあると暮らしが立ちませんで。どうぞお慈悲と思って、百両ばかり――」
「そうですか。それでは、今晩は――」
「今晩はお引き取り願って、また明晩、小判と引き換えということで――」

お米の背後で聞いていたお露が、突然、振り袖を顔に押し当ててすすり泣いた。
ちらりと見えた青白い泣き顔が、伴蔵には凄まじく見えました。
お米は少し考えて、

「それでは、こういたしましょう。お金は明日までに必ず用意いたします。代わりにと言ってはなんですが、萩原様の懐の如来像、あれを明晩までに取り出してくださいまし」

お露が涙を流したまま、顔を上げて伴蔵の反応を見る。
伴蔵は魅入られたように縮み上がって、

「へ、へえ。分かりました」

ト請け合ってしまった。

押し入れの中でやり取りを聞いていたお峰は、出てくるなり大喜びをいたしまして。

「うまくやったね、お前さん。これで百両と金無垢の仏様の両取りじゃないか」
「そ、そうか。そう言われてみれば、儲けたな」

ト、欲が絡むと男も女も悪人になる。

それから夫婦は額を付きあわせて相談いたしまして。
翌朝、湯を沸かしますト、もう何日も籠りっぱなしだからト、新三郎に無理やり行水をさせました。
その隙に如来像を奪い取り、偽物とすり替えましたが。
新三郎は、信頼する伴蔵お峰夫婦のことですから、まさかそんなこととは知りもしない。

その晩、二人の幽霊がまた夫婦の長屋へやってくる。
お米は上がり框に、小判をズシリと置きました。

「確かに仏様は取り出してくださいましたでしょうな」
「へえ、それはもう」
「それでは、御札を剥がしてくださいましたら、このお金を差し上げましょう」
「へえ、ご一緒においでなせえ」

伴蔵ははしごを持ち出しますト、新三郎の家に二人を連れて行きまして。
外の壁の隅々に渡って貼られている御札を、一枚一枚剥がし始める。

これを剥がすと萩原様は――。

そう考えますト、どうしても手が、足が、震えます。
全身身震いするのを抑えながら、高窓に貼った最後の一枚を手に掴みますト。
グッと力を入れた拍子にはしごが倒れ、伴蔵は畑の中に投げ出されてしまった。

「伴蔵さん、どうもありがとうございます。それでは嬢様、今晩は萩原様とごゆっくりお過しなさいませ」

お露は青白い顔で頷くと、すーっと窓から入っていった。

翌朝、畑の中で目を覚ました伴蔵は、急いで家に戻りますト。
お峰を連れて新三郎の家に駆けつけました。

「お前、行って見てこいよ」
「お前さんが先にお入りよ」

ナドと押し合いながら、おそるおそる戸を開けて中へ入ってみるト――。

新三郎は寝床の中。
虚空を掴み、歯を食いしばり。
面色は土気色に変わって、死んでいる。

その傍らに手と覚しき骨が一つ。
あとは足の骨などがそこらにバラバラと。

新三郎の首には、髑髏が一つ。
食らいつくように覆いかぶさっていた。

裏切られた幽魂が、生身の人間を取り殺すという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(三遊亭圓朝作「怪談牡丹燈籠」ヨリ。原話ハ、明代ノ伝奇小説「剪燈新話」浅井了意「伽婢子」両編ニ所収ノ『牡丹燈記』ナリ)

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