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荘園の森の艶やかな童女

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どこまでお話しましたか。
そうそう、柏の森の一軒家へ誘い込まれた貴公子の盧涵が、蛇の腹を割いて鮮血を酒瓶に集める童女の姿を目にするところまでで――。

あまりのことに盧涵はたちまち震えだし。
踵を返して一軒家を飛び出しますト。
馬に飛び乗って力の限りに鞭を叩いた。

気配に気づいた童女が飛び出してくる。
あどけない声で盧涵の後ろ姿へ呼びかけた。

「どうして。どうして逃げるの。今夜は泊まっていただこうと思ってたのに」

その声が哀調を帯びている。
妖魅のそれではございません。
まるで信じた末に裏切られたとでも言いたげな。
切ない声が夜の森に響き渡った。

「待って。どうして。待って」

童女の声はどこまでも馬と盧涵を追いかけてくる。
盧涵は懸命に鞭をふるった。

するト、さすがに幼い脚では追いつかないト悟ったか。

「東の方大」

童女が立ち止まって虚空に叫んだ。

「あの人をどうか捕まえて」

次の刹那、その声にまるで返答するように。
森の木々が一斉に揺れたかト思いますト。
その木々よりはるかに背丈の高い大男が。
木々を草のようにかき分けて現れた。

馬上の盧涵はすっかり青ざめている。
生きた心地がいたしません。

まるで枯れた巨木のような大男が。
ドスンドスンと大股で追いかけてくる。
一町を一歩で跨がんばかりの勢いで。

ところが、ここに不幸中の幸いであったことは。
大男なだけに、その歩みもあまりに鈍重でございました。

すんでのところで何とか振り切り、盧涵は草むらに飛び込んだ。
獲物を見失った大男が右往左往している。

盧涵は隙きを見てまた馬を走らせまして。
ようやく己の荘園へトたどり着いた。
夜はすでに三更(零時)に至り。
あたりはひっそり静まり返っている。

収穫を運び出すのに使うのでございましょうか。
門の外に荷車が数台停まっておりましたが。
盧涵は転がるようにその下に隠れ込みますト。

間一髪、枯れた巨木の大男が後を追って迫ってくる。
その姿を改めて見やりますト、手に矛と盾とを携えている。

「まるで、方相氏だ」

巨大な方相氏は塀越しに。
敷地の中を覗き込みますト。
手にした矛を振り上げては。
門番小屋を突き刺した。

再び矛を引き抜きますト。
先に男児が一人、突き刺さっている。
声もなく、その身をばたつかせている。

盧涵は思わず、目を背けた。

大男はそれで満足しましたものか。
もと来た道を引き上げていきました。

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「おい、開けてくれ。俺だ。盧涵だ」

盧涵は車の下から這い出して。
門番小屋の戸を乱暴に叩く。
門番は寝ぼけ眼で出てまいりますト。
主人の姿を認めて驚いた。

「旦那様。一体どうなされました。こんな夜中に」
「いいか、よく聞けよ。たった今――。方相氏――。いや、大きな枯れ木が――」
「落ち着いてください。何のことだか分かりません」

盧涵は慌ててしまって言葉にならない。
門番にたしなめられて、息を整えようトしておりますト。

「きゃああぁ」

ト、小屋の中から女の悲鳴が聞こえてきた。

「ぼ、坊やが。私の坊やが。昨日の晩、一緒に床に入った坊やが。し、死んでる――」

――翌朝。

盧涵は一睡もせぬまま、小作人たちを十数人集めまして。
斧や弓矢で武装させ、柏の森へ連れ立っていった。

深い霧の中をかき分けて行きますト。
昨夜立ち寄った家はもぬけの殻になっている。
童女の姿もございません。

盧涵は何か落ち着かぬような、侘しいような心持ちで。
うなだれて周囲を歩きまわっておりましたが。

「あ、あったぞ」

ト、地面に見つけ出しましたのは。
身の丈二尺(60センチ)ほどの人形で。
死者の供として棺に収める布人形でございます。

「ここが耿将軍の墓であったのだな」

盧涵は人形を愛おしげに拾い上げる。
傍らには腹を割かれた蛇が死んでいた。

そこから東の方角へ進んでいきますト。
草むらの中に方相氏の張り子が打ち捨てられている。
「東の方大」はこれに違いない。

かつては耿将軍の墓を守っていたのでございましょう。
今は骨組みだけとなって、すっかり朽ち果てておりました。

盧涵は童女の家のあった場所へ戻りますト。
布人形ト方相氏トを土中深くに埋めてやりました。

死者を慰め守る者が、生者を慕って追い回すという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(唐代小説「伝奇」中ノ一篇『盧涵』ヨリ)

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