こんな話がございます。
かの一休禅師による怪異譚でございます。
一休禅師が諸国を廻って修行をされていたときのこと。
伊賀国は喰代(ほうじろ)ト申す地へ差し掛かりますと。
どこからか、男の声に呼び止められました。
「もし、旅のお方」
あたりを見回してみるト、茶屋が一軒。
そこに商人体の男がひとり、店先の床几に腰掛けている。
見るからにやつれ果て、背中を丸めてこちらを見ております。
夕日が男の長い影を地に投げかけている。
「拙僧をお呼びですかな」
一休は訝しげに返答する。
男はうんともすんとも申しません。
ただ、ぼんやりと己の影に目を落としている。
「いかがなさいました」
一休は隣に腰を掛ける。
男は、はあっト深い溜め息を一つつく。
そうして、もそもそと懐から何やら取り出しまして。
それを禅師に手渡しました。
「これを、この先の寺町へ」
「拙僧に託されるのですな」
それは一通の文でございました。
血でしたためたものか、裏まで赤く滲んでいる。
よほどの思いが込められているものらしい。
「して、寺町のどちらへ」
「行けばわかります」
「よろしい。預かりましょう」
一休は男から渡された文を懐にしまい、店先を出る。
「ごわごわして歩きづらいわい」
その懐にはすでに文が三、四通。
実はこの道すがら、文を託されましたのは。
これが初めてではございません。
それも、全てが同じ一人へ宛てたもので。
誰もが皆、寺町へ行ってみれば分かるはずト申します。
落日。
谷あいの古街道は、やがて寂しい寺町へと出る。
聞いていたとおり、六十もの寺が軒を連ねている。
元よりここで宿を借りるつもりでおりましたから。
よりどりみどり、これは都合が良いト思っておりましたが。
「御免――」
「御免――」
「御免――」
どちらの軒先に声をかけても、まるで返事がございません。
どころか、人の気配というものがない。
静まり返った町並みに、禅師の足音ばかりが響いている。
これぞまさしく、もぬけの殻。
こうなるト、禅師も意地でございます。
寺町の入り口へ戻りまして。
片っ端から一軒、一軒。
しらみつぶしに人を探し始めた。
少なくとも、この文を受け取る者は住んでいるはず。
そう思って様子を窺いますが、誰も出てまいりません。
ええい、面倒だ、勝手に上がり込んでやれト。
一軒の寺の門をキィーっと開け。
庫裏の方へト近づいていきますト。
コトリ――。
部屋の中から、物音がした。
年の頃なら十一、二歳。
女童かト見紛うばかりに美しく。
野菊のように可憐な居住まいの。
稚児が一人、立っている。
一休に気づくト、何かをサッと腰の後ろに隠します。
稚児が警戒するような目で一休を見る。
なるほど、行けば分かるト誰もが言ったのは。
この稚児の比類なき美貌を言ったものであろうト。
禅師もひと目で察しがついた。
――チョット、一息つきまして。