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猫又屋敷

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どこまでお話しましたか。
そうそう、周防国の女中が猫を探して筑前の山中まで尋ねてきたところまでで――。

屋敷の女が己を品定めするかのように見るのを、女中が不思議に思っておりますト。
奥から婆さんが一人出てきて、慌てた様子で女を押しのけて前へ出る。

「ほら、お客様の前でぼうっと立っているんじゃないよ」

老婆が女をたしなめまして。

「これは失礼いたしました。あれは私の娘でございます。旅の方とおっしゃいましたな。このような山中で、女の一人旅は危険でございます。どうぞうちへお泊りなさるが良い」

それを聞いて女中は安心いたしまして。
猫を探しに来たことを老婆にすっかり話しました。
老婆は一通り聞きはいたしましたが、特に訝しがる気配もございません。
ただ、部屋を一つあてがってくれ、そこへ案内してくれました。

周防から筑前まで猫を探しに来た――。
しかも山中に――。
女の一人旅で――。

そんな話を聞かされても、まったく怪しまない老婆の応対が。
女中には、かえって薄気味悪く思われました。
それに、娘と言っていたあの女の舌なめずり――。

まさか取って食われるのではないか、ト。
女中は今更ながらに怖くなりまして。
夜具をひっかぶって震えているト。
その夜具が妙に獣臭い。

ト、そこへ――。

ふすま一枚隔てた隣の部屋から。
女同士のひそひそ声が聞こえてくる。

「あのお客は、猫を探しに来たそうですよ」
「それほど、大事にしていたのでございましょう」
「ええ、ですから食ってはいけないと、婆も言っておりました」

明らかに自分のことを話している。
女中は気になって気になって仕方がない。
恐ろしさと怖いもの見たさがしきりに交錯する。
しかし、夜具の中でじっとしていても始まりません。

ついに思い切って、ふすまを小指の幅ほど開けてみまして。
隣の部屋をこっそり覗いてみますト。
美しい衣を着た二人の女が腰をかがめ。
競うようにして、行燈の油を舐めている。

その目のまた、細いこと。

ゾッとしているところへ、背後のふすまがすっと開いた。
誰かが部屋に入ってきて、こちらへ向かってまいります。
女中はわなわなト震えだす。

「私ですよ――」

近づいてきた女が、優しく声を掛けてきた。
見るト、姿形はほぼ女ですが。
顔だけが猫のままで残っている。




「あッ」

ト、女中が思わず声を上げましたのは。
それこそがまさに、探していた猫の顔だったからで。

「本当によく訪ねてきてくださいました。驚いたでしょうが、私たち猫にとってはこれが栄誉なのです。歳をとった猫の中でも、選ばれた者だけが、ここに住むことを許されるのです。今はまだ新米ですから、こんな半端な顔をしておりますが、いずれ私も他の姐さん方のように、すっかり人間らしくなるはずです」

女中は唖然として、かつて可愛がった猫の顔をみつめている。

「しかし、ここはあなたのような気立ての良い人間が来るところではありません。何か起きてからでは遅いですから、早くお帰りなさいませ。これを差し上げますから、途中で猫に出くわしたら、これを頭の上で大きく振りながらお行きなさい」

そう言って、猫は白い紙の包を女中に握らせる。
女中は、背中を押されるまま、屋敷の裏手から逃げていきました。

それからはもう無我夢中で。
藪の中を走っていきまして。
やがて、広い野原に出ましたが。

そこは辺り一面、猫の群れ。

老いた猫たちが、ガラガラと喉を鳴らして群がっている。
振り返るト、やはりそこにも迫りくる数十匹の老猫。
いつしか、女中は群猫に囲まれておりました。
ほのかな月光に照らし出された妖物たち――。

女中は泣き出しそうになるのをなんとかこらえ。
懐からもらった紙包みを取り出しますト。
言われたとおり頭上高く掲げて、左右に振った。

するト、不思議な事に、猫たちは急におとなしくなり。
まるで大風を受けて草が薙ぎ払われていくかのように。
女中の前に一本の道が作られました。

女中はなんとか周防のもとの家にたどり着きまして。
この話をお内儀にするが、信じてもらえない。
そこで件の紙包みを広げてみせますト。
そこには、描かれた犬の絵が本物の小判を口にくわえていた。

お内儀は金のまばゆさに目がくらみ。
女中に道を教わって、みずから屋敷に乗り込んでいく。
聞かされた通り、老婆が出てまいりましたので。
猫を探してはるばる周防から来たと力説する。

老婆はお内儀を泊めてやる。
お内儀は猫の現れるのを今か今かと待ち伏せている。
出てきたらとっ捕まえて、小判をあるだけ出させようという心づもり。
ふすまの向こうからは、首尾よく聞こえてきた女二人のひそひそ声。

やがて、背後のふすまがすっと開く。
待ってましたと内儀が振り返ったその刹那。
かつての飼い猫が恐ろしい形相で飛びかかり。
鋭い牙を剥いて、喉笛に食いついたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(周防其ノ他ノ民話ヨリ)

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