どこまでお話しましたか。
そうそう、藪の中で男に拉致されたおせいが、怠惰な暮らしに慣れた頃、蔵の中で逆さ吊りにされている女たちを目にしたところまでで――。
女たちはみな丸裸にされておりました。
足首を縄で括られて、天井の梁から逆さに吊るされております。
どの女もでっぷりと肥えている。
人いきれでひどく蒸すようで、みなびっしょりと汗をかいている。
女たちの下の床には、いくつも瓶(かめ)が置かれてある。
額から、頭の毛先から、黄色い汁がポタポタと垂れている。
それがピチャンピチャンとあちこちで音を立てながら、各自の瓶の中へと落ちていきます。
あまりのことに、おせいが立ち尽くしておりますト。
「早く逃げなさい」
ト、そのうちのひとりが声を潜めておせいに言う。
「さもないと、私たちみたいに、逆さ吊りにされて脂を取られてしまうよ」
「あんたも見たところ、だいぶ肥えてきたようだからね」
「早く逃げて、誰か人を呼んできておくれよ」
女たちが口々に申します。
おせいは言葉を失ってしまい、応とも否とも言わぬまま、その場を駆け出していきました。
山中をあてどなく駆けて行くと、そのうちに日が暮れてしまいました。
暗い藪の中で心細い思いをしていたところに、ようやく遠くに灯りが見えてきた。
おせいが大慌てで戸をどんどんと叩きますト、中から白髪の老婆が出てまいりました。
「おやおや、どうしました。そんなに怯えた顔をして」
老婆の優しげな物腰に、おせいはすっかり安心いたしまして。
実はかくかくしかじかト、これまでのいきさつを話しました。
「ともかく、中へお入りなさい。そんな恐ろしい男が、この山に住んでいたなんて。おや、誰か来た」
おせいが戸の隙間から外を見ると、暗がりを誰かがこちらに駆けてくるのが見えた。
「あれです。あの男です」
「それでは、このはしごを登って、屋根裏に隠れてなさい。麻袋があるから、その中に入るのですよ。はしごは私が外しておきましょうから」
おせいは急いで、老婆に言われるままはしごを登り、麻袋の中に身を潜めました。
しばらくするト、どんどんと乱暴に戸を叩く音が聞こえてくる。
ハイハイと答えて、老婆が戸をすーっと開ける音がする。
「今、ここに女が来ただろう」
「来ませんよ」
「嘘をつけ。俺はちゃんと見たんだ」
「見えるわけなかろう。こんなに暗いのに」
「灯りがついているから、人影がしっかり見えたのだ」
「わしの影が二つに見えたのだろう」
「ばか言え。婆あと若い女を見間違えるわけがない」
おせいは、老婆の口調が次第にぞんざいになっていくのが気になった。
「また、人の育てた女を横取りする気だな」
「いいでねえか。お前は十分儲かっているだろう」
「それじゃあ、今度限りだぞ。おっかあ」
その一言に、おせいはぞっと血の気が引きました。
「それで、どこにいる」
「天井裏だよ」
「いつもの麻袋か」
「そうだ。ついでだから、縄を引っ張っておくれよ」
「世話の焼ける婆あだ」
おせいは麻袋から抜けだそうと、じたばたもがきます。
が、気づいてみると、己の身は袋の内側に仕込まれた縄に絡まっている。
もはや蜘蛛の巣にかかった、か弱い蝶のようなもので。
急に強い力で引っ張られたかと思うと、その拍子に表の麻袋が引き破られた。
おせいは目の粗い網縄の中に囚われておりまして。
天井に開いた穴から階下に向かって、逆さ吊りになっている。
階下に垂らした縄の端を引くと、こうなるように仕掛けられていたようでございます。
こちらを見上げる男と老婆の姿が、おせいの目に逆さに見えている。
ふと視線を移すと、己の下にはすでに大きな瓶が用意されていた。
その瓶の中に、妙に生臭い黄色の汁が溜まっているのが、見えまして。
おせいの脂汗が、ピチャンピチャンと音を立てて、その中へ落ちていったという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(喜界島ノ民話ヨリ)